数ヶ月前、母が新聞広告で見つけた東北ツアーに申し込んだ。
母は今年81歳になる。
今はとても元気だけれど、元気なうちに旅行しておきたい、という気持ちがあるらしい。
私はというと、行きたいか行きたくないかを自分で決める旅よりも、誰かが決めた旅に便乗するのが、案外好きだ。
自分で調べない。
自分で選ばない。
ただ、乗る。
そういう旅には、ミステリーツアーのような楽しさがある。
それに私には、もうひとつの役割がある。
記録係だ。
アクションカメラとiPhone、それと自撮り棒。
高校生のころからずっと、旅の映像を撮って編集して、家族に納品してきた。
今回もそうだ。
旅しながら、撮る。
ブログに書く。
5/17 10:00 東北新幹線のグリーン車で、東京から仙台へ。
2時間ほどで着いてしまう。
そこからすぐバスに乗り、中尊寺へ向かった。
80歳が選んだ旅は、とにかく疲れない。
移動のほとんどはバス。
気づけば、着いている。
新緑の木々の下、母と。覆堂の白い壁が背後に見える。
海外の旅を優先させて、日本の旅をほとんどしてこなかった私にとって、中尊寺も金色堂も、ほぼ未知の場所だった。
金色堂と聞いて、勝手に金閣寺のような大きな建物を想像していた。
けれど実際には、覆堂の中に静かに守られた、小さなお堂だった。
1124年、奥州藤原氏の初代・藤原清衡によって建立されたもの。
清衡は、東北で続いた戦乱で命を落とした人々を、敵も味方も関係なく弔おうとした人だった。
仏の教えによる平和な世界を、この地に築こうとした。
金色堂は、金の豪華さを見る場所というより、祈りの密度を感じる場所だった。
中央に阿弥陀如来。その周りに観音菩薩、勢至菩薩、六体の地蔵菩薩、持国天、増長天が並ぶ。
この仏像の構成は、ほかに例を見ないものとされている。
金だけではない。
柱や須弥壇には、夜光貝を使った螺鈿細工、漆、蒔絵、透かし彫りの金具が重なっている。
近くで見ると、貝の光が静かに残っていた。
きらびやかなのに、どこか沈んでいる。
実物を撮影ができないから、こんなパネルが用意されている。
今回の旅には添乗員さんの案内もあったけれど、私にはもうひとり、ChatGPTガイドがいた。
旅行のパンフレットを事前に読み込ませて、その都度、見どころを聞く。
金色堂では「なぜこれが作られたのかに、思いを馳せてみるといい」と言われていた。
そのおかげで、金を見るより先に、祈りのほうを見ようとしていた気がする。
宝物館にあたる讃衡蔵も見た。
最後に観た、金色堂の歴史を語る映像がとてもよかった。
ChatGPTが話してくれていたこと、展示、映像が、そこでやっとひとつにつながった。
外に出ると、5月の東北だった。
新緑がきれいだった。
東京よりも少し季節が遅れていて、暑すぎず、湿気もなく、風がさらっとしている。
白いオオデマリの花が、緑の中に浮かんでいた。
中尊寺をあとにして、バスはつなぎ温泉へ向かった。
田んぼと山に囲まれた、快適な高速道路。
窓の外に、東北の5月が流れていく。
そのとき母が、ふと声を上げた。
「花巻東高校、って書いてある。大谷が出たところじゃない?」
ChatGPTで調べると、まさにそうだった。
バスの車窓から、偶然。
母がたまたま目をやった瞬間に、その看板があった。
せっかくだから今日の大谷はどうだったか、と母は続けて調べた。
ランニングホームラン。三塁まで走って、そのままホームに駆け抜けたという。
母と2人で、バスの中で大爆笑した。
旅というのは、こういう偶然も連れてくる。
ホテル紫苑は、御所湖と岩手山を望む大きな温泉旅館だった。
ロビーの大きな窓の向こうに、湖と山がある。
夕食までの時間、母と外に出た。
ちょうど太陽が、山の谷間に沈んでいくところだった。
あまりにきれいで、「来てよかったね」と、自然に言っていた。
夕食は、和食のお膳。
固形燃料で温められた鍋、笹に包まれた一品、丁寧な小鉢の数々。
一つひとつは小さいのに、気づくとお腹がいっぱいになっている。
説明より先に、箸が進んだ。
岩手県産のひとめぼれが美味しくて、ご飯をおかわりした。
まわりのお客さんのお膳を見ても、みなさんほとんど完食していた!
このツアー、全食事付き。どうなるんだろうか。(笑)
夜、星を見に外へ出た。
母は、旅先で星が見たい、とずっと言っていた。
最初に気づいたのは、西の空だった。
木星と金星が、驚くほど大きく見える。
東京でこんなに大きく見えたことはない、と思った。
そこから目が慣れていくように、星がどんどん増えていった。
北斗七星。ベガ。しし座、おとめ座、ふたご座。
アプリをかざすと、名前がついていく。
星空のアプリは、星がたくさん見える場所でないと使えない。
だから、アプリが初めて本当の意味で動いていた。
星の光は、何万年も前に出発したものだという。
それが今夜、この湖のほとりに届いている。
ロマンティックというより、なんだか静かな喜びのような感じがした。
母がとても喜んでいた。
お供として来てよかった、と思った。
そのあと、ロビーで盛岡さんさ踊りを見た。
盛岡の三ツ石伝説に由来するとされる踊りで、鬼の退散を喜んだ人々が「さんさ、さんさ」と踊ったことが始まりとされている。
若い踊り手たちの手の動きがしなやかだった。
太鼓の音が、旅館のロビーに響く。
観光ショーというより、土地の身体感覚を少し見せてもらったような時間だった。
温泉はアルカリ性単純泉。
お湯に入ると、肌がつるっとした。
一日歩いた足が、静かにほどけていく。
朝から新幹線に乗り、バスに乗り、中尊寺を見て、夕日を見て、ご飯を食べ、星を見て、踊りを見て、温泉に入った。
それでも、あまり疲れていなかった。
母が選んだ旅は、よくできていた。
現地でいろいろと学び、まるで社会科見学のようだった。(笑)
旅の途中、私は何度もChatGPTに聞いた。
ここは何を見る場所なのか。この踊りは何なのか。あの山は、あの星は、あの温泉は。
旅先で調べると、風景が少しずつ開いていく。
知らない場所にいるのに、知らないままで通り過ぎなくて済む。
80歳の母が新聞広告で見つけたツアーに、私はただ便乗した。
けれど一日目が終わるころには、
この旅は、母との旅であり、東北との旅であり、ChatGPTと歩く旅でもあるのだと思った。
そして、記録係の旅でもある。
Day 2のミステリーツアーはどうなるのか。
続きはまた。
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この記事は、その日あったことを旅行専用のスレッドのChatGPTに話して(音声入力)、Claudeに写真も見せながら、当日の夜に作成したものです。ブロガーにとっては最高のシステムですね。
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