体が先に「もう無理」と言ってきた

この一週間、わたしはホームページづくりに没頭していた。

週に二回のヨガも、毎日ジムで30分歩くのも、いつも通り続けていたのに。

腰に、はじめての違和感があらわれた。

生まれてこのかた、そんなことは一度もなかったから、自分でも少し驚いた。

しばらくすると痛みは落ち着いたけれど、気になって、二年ほど通っているご近所のカイロプラクティックへ足を運んだ。

先生に体を見てもらうと、開口一番。

「姿勢、よくないですね」

もう、ほとんどおばあちゃんのようになっていたらしい(笑)。

「ヨガもしてる、ジムにも行ってる、なのになんでだろう」

先生も首をかしげながら、たどり着いた答えは、

「作業してるとき、呼吸が浅くなってたんじゃない?」

というものだった。

たしかに、と思った。この一週間、ずっと画面を見つめながら、息をひそめるようにして手を動かしていた気がする。


15分の施術で、7,700円。

わたしより時給が高い(笑)。

でも、それだけの価値はあった。今まで受けたことのない技まで繰り出されて、終わるころには体がすっと、まっすぐになっていた。


施術のあいだ、先生に聞かれた。

「何をしていたんですか?」

「ChatGPTとClaudeで、ホームページを作っていたんです」

そう答えると、

「え、ChatGPTにコードを書かせたの?」

いいえ、そこだけ切り取られると、少し違う。


まずChatGPTと、内容をゆっくり練る。

その骨格をもとに、Claudeでデザインをかたちにしていく。

出来上がったものを眺めながら、「もう少し、こうしたい」という感覚を、またChatGPTに戻す。

それをClaudeに渡すための言葉に整えてもらって、Claudeが実装する。

見て、直す。またその繰り返し。

大まかに言えば、そんな流れ。


けれど、本当はそれだけでもないのだ。

わたしとChatGPTのやりとりは、もうずいぶん長い。

だから毎回細かく説明しなくても、「こういう感じがいい」とだけ伝えると、これまでの積み重ねから、「たぶん、こういう方向ですよね」と汲み取ってくれることがある。

つまり、その場その場のプロンプトだけで作っているのではなく、これまで交わしてきた対話そのものが、そのまま今回の制作の土台になっている。


先生に説明しながら、あらためて思った。

AIでホームページを作る、というと、「コードを書かせる」「デザインを作らせる」という話に見られがちだけれど、わたしがしているのは、少し違う。

長く言葉を交わしてきたAIに、自分の文脈をそのまま渡しながら、一緒にかたちにしていく。そんな感覚に近い。

だから、細かいプロンプトを積み上げなくても、「これは違う」「もう少しこう」という手触りだけで、次の一歩に進めることがある。


それはAIが何でもわかっているというより、これまでの会話と選択の積み重ねが、そのまま制作の土台になっているからだと思う。

そしてわたしは、その一週間をやりすぎた結果、腰にきた(笑)。


AIとの制作は、驚くほど速い。

でも、人間の体は、まだそこまでアップデートされていない。

そこだけは、かなり旧式のままらしい。