AIが増やしたのは、仕事ではなく「私の使い方」だったのかもしれない

先日、制服用につくった「ALL EARS Tee」で、英会話レッスンへ行ってきました。

黒のTシャツに、ゆるめのカーゴパンツとスニーカー。最近は、こんな格好が多いです。

ラグラン袖で肩まわりがやわらかく、一般的なユニセックスTシャツより首元も少し開いている。ユニセックスだけど、どこか女性らしいフォルムに見えるところが気に入っています。

「もうYOUさんみたいなスタイルでいいのでは」と思って以来、服もだいぶシンプルになりました。


AIが登場してから、少し不思議なことが起きています。

私は本業がデザイナーではありません。

でも、Tシャツをデザインするようになった。


Webデザイナーでもありません。

でも、自分のサイトをつくるようになった。


ライターを名乗ってきたわけでもなかったのに、文章の仕事をすることになった。


気づけば、

ライフコーチ。

対話AI設計。

AI×Web制作。

ライター。


仕事の名前が、少しずつ増えています。

でも、能力が突然増えたという感じではありません。


むしろ、

今まで持っていたものが、別の形で使えるようになった。

そんな感覚のほうが近い。


人と話してきたこと。

言葉を選んできたこと。

違和感を見つけてきたこと。

「これは好き」「これは違う」と判断してきたこと。


そういうものが、AIを通すことで、文章になったり、デザインになったり、Webサイトになったりする。


AIが新しい能力をくれた、というより、

自分の中にあったものの出口を増やしてくれた。

そんなふうに感じています。


だから最近は、「私は何屋なんだろう」と考えるより、

「今あるものを、次はどんな形で使えるだろう」

と考えるほうが面白い。


職業が増えたというより、

自分の使い方が増えた。

たぶん、今起きているのは、そういうことなのだと思います。

そして今日も、自分でつくったTシャツを着て、AIと作業しています。