「今日バジール行きたい!!!!」
姪からの突然のLINEで、私は新宿から横浜へ急遽呼び出されることになった。
目的地は、半年ぶりの横浜「印象派展」VR。
今回は姪と一緒だ。
実は前回行ったとき、VRゴーグルがキツすぎて、こめかみが孫悟空状態だった。
映像を楽しむどころか、途中から「早く脱ぎたい……」としか思えなかった苦い記憶がある。
だから今回は、装着される前にスタッフさんへ食い気味に宣言した。
「あの、前回締め付けで頭が痛くなりまして!」
スタッフさんはとても優しかった。
最初からかなり緩めに装着してくれた上に、見え方のテストで、
「ちょっと老眼で、手前の小さな数字が見づらいですね」
と伝えると、ゴーグルの位置をクイッと上に調整してくれた。
さらに、
「後頭部にあるダイヤルを自分で回せば、途中でも締め付けを緩められますよ」
なんて耳寄り情報まで教えてくれた。
前回はそんな説明、聞いた記憶がない。
結果、大正解。
今回は頭痛とも無縁で、老眼もまったく問題なし。
超快適だ。
ちなみに近視の姪は、メガネの上から装着した。
そこで私は初めて気づいた。
VRの画面は目のすぐ前にあるのに、感覚としては「遠く」を見ている。
だから遠くを見るためにメガネが必要な人は、VRの中でもメガネがいるのだ。
現実には数センチ先にディスプレイがあるのに、目の前には1874年のパリが広がっている。
考えてみれば、なんとも不思議な話だ。
VRの中で、姪がバジールの横にいる
今回、一番面白かったのが「ペア設定」だった。
二人で行ったので、相手の場所がわかるようにセットしてもらったのだ。
するとVR内の空間に、お互いのアバターと名前がフワフワと浮かんで見えて、どこにいるかが一目でわかる。
スケルトンの人間がバジールのアトリエに侵入しているイメージ図。(笑)
姪の推しは、画家フレデリック・バジール。
好きになった理由は、
「背が高くてイケメンだから」
私が、彼女のために誂えた「バジール自画像のエコバッグ」を愛用しすぎてボロボロにし、今や私がプレゼントした3代目を持ち歩いているほどの筋金入りのファンだ。
VRの中でバジールのアトリエに入った瞬間、姪のテンションが最高潮に達した。
事実とは違う、ピアノを弾いている設定になっている、バジールの至近距離へ、キャッキャ言いながら突撃していく。
周囲ではモネやセザンヌたちが楽しそうに話していて、歩き回る人々が彼女の体をスルスルと透過していくのがシュールだ。
現実の姪は私の腕をガシッと掴んでいるのに、VR内の彼女はバジールを見ながら、画家たちが亡霊のように通り過ぎていくのが見えて、真横でお腹を抱えて大爆笑している。
画面越しに浮いている彼女の名前タグを見ながら、
「なんだこの空間」
と私も密かにツボに入ってしまった。
「ささやき声でお願いします」とテロップが浮いて出てきた。(笑)
「あ、ピサロだ」
頭痛に邪魔されずに1874年のパリを巡りながら、私はもう一つ、半年前と決定的に違っていることに気づいた。
画面の中に「知ってる画家」が増えていたのだ。
この半年、私は美術館に通ったり、Etsyショップ用に、印象派の絵を使ったバッグのデザインをしたりしてきた。
何度も作品を見て、画像を切り貼りし、バッグの上に置いて色や構図を眺める日々。
だから今回VRの中で、長い白髭の男性が現れた瞬間、
「あ、ピサロだ」と感動した。
絶対、前回も同じ人物を見ているし、同じセリフも聞いていたはずだ。
でも当時の私は、ただの「髭のおじさん」として通り過ぎ、記憶にすら残していなかった。
知識というのは、こういうものなのかもしれない。
一度名前を覚えたから見えるようになる、という単純な話でもない。
何度も作品を見る。
展覧会に行く。
デザインに使ってみる。
そうやって何度も接触しているうちに、ある日突然、「ピサロだ」に変わる。
まだ何者でもなかった、印象派の画家たち
VRの舞台は1874年。
のちに「第1回印象派展」と呼ばれる伝説の展覧会が開かれた年だ。
参加したのは40人ほど。
今でこそモネ、ルノワール、ドガ、セザンヌ、ピサロ、シスレー、モリゾといえば、美術館のスターたちだ。
当時は審査も賞もない、自分たちの展示場所を模索していた画家たちだった。
画面の中では、彼らがサロン(官展)で落選した愚痴をこぼしたり、これからの表現について熱く語り合ったりしている。
VRの中で「別格」として扱われていたマネの存在感も、知れば知るほど納得がいく。
マネといえば、私は彼が晩年に描いた「ガラスの花瓶の花」が好きだ。
病気で自由に外へ出られなくなった晩年、彼を心配して訪ねてくる友人たちが贈ってくれた「お見舞いの花」。マネはそのお花たちをクリスタル花瓶に生け、大切にキャンバスへ描き残したのだという。
印象派のスターたちからリスペクトされたカリスマでありながら、最後は人の温もりに包まれながら筆を握っていたマネ。彼が「別格」だったのは、絵の革新性だけじゃなく、その人徳や生き様も含めてだったのかもしれない。
女性一人で参加していたベルト・モリゾの《ゆりかご》も印象的だった。
知っている人が増えたことで、半年前には通り過ぎていた景色から、生き生きとした人間ドラマが立ち上がってくるようだった。
「光を見るモネ」と、「人を見るルノワール」
今回、特に引き込まれたのが、モネとルノワールがセーヌ川の木陰で隣同士で絵を描いている場面だった。
これは1869年、パリ郊外の水浴場「ラ・グルヌイエール」を描いているシーンだ。
実際、二人はこの夏、同じ場所でイーゼルを並べて同じ風景を描き、今もほぼ同じ構図の作品が残っている。
同じ場所。
同じ水面。
同じ木々。
同じ人々。
なのに、二人が描いた絵は驚くほど違う。
モネの絵を見ると、主役はどこまでも「水面の光と揺らぎ」だ。
キラキラと反射する光のグラデーションが美しく、描かれている人間は景色の一部として溶け込んでいる。
一方、ルノワールの絵を見ると、中央に集まる人々のおしゃべりや賑やかな雰囲気がパッと目に飛び込んでくる。人間の存在が前へ出ていて、そこに漂う空気の暖かさが主役になっている。
「光を見るモネ」と、「人を見るルノワール」。
のちに「印象派」と呼ばれる5年も前から、二人は隣同士で同じ景色を見ながら、それぞれの「大好きなもの」をそのまま描いていた。
ルノワールといえば、大勢の人が集まってワインを飲んだり、おしゃべりしたりしている賑やかな絵が印象的だ。
《舟遊びの人々の昼食》や《ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会》。
やっぱりこの人は、昔から「人間そのもの」や「人が集まる場所のぬくもり」が大好きだったのだな、と納得してしまう。
ルノワールは、花にも人を見るような目を向ける
そして最近、ルノワールの「素晴らしさ」について、もう一つ大きな気づきがあった。
ルノワールが描いた《花瓶の花(春の花)》という静物画だ。
当時の静物画といえば、きれいに整えられた花器に豪華なお花を飾るものが多かった。
けれどルノワールが描いたのは、野に咲く素朴な草花たちが、あふれんばかりに花瓶からこぼれ出している姿だった。
一差しの赤や青の小花が緑の中にポツポツと灯り、まるで摘んできたばかりの草花が、今もそこで生きているような生命感がある。
ルノワールは人間だけじゃない。
野の花一輪を描くときでさえ、
「そこに生きているものの愛おしさ」
を画面いっぱいに込めてしまう人なのだ。
この絵は、Tシャツにしたいと思っている。
経験は、最後にセンスになる
二度目のVR体験を終えて、帰り道の電車の中で考えていた。
前回と今回で、VRの映像自体は何も変わっていない。
1874年のパリも同じ。
登場人物も同じ。
バジールのアトリエも、ピサロの長い髭も、モリゾの《ゆりかご》も、水辺のモネとルノワールも、すべて半年前からそこにあった。
変わったのは、こちらの体験だった。
半年の間に、美術館へ行った。
作品について調べた。
バッグのデザインにして、何度も画像を切り貼りして眺めた。
姪とバジールのカッコよさについて何度も話した。
そうやって現実の世界で「触れた回数」が増えたことで、同じ映像なのに受け取れる情報量がまるで違っていた。
美術を鑑賞することは、作品の前に立ったその一回で完結するものではないのだろう。
一枚の絵を見る。
忘れる。
別の場所でその画家の名前に会う。
誰かがその画家を好きになる。
バッグにして毎日持ち歩く。
また別の展覧会に行く。
そして数か月後、ふたたび同じ絵に戻ってくる。
すると、前には見えなかったものが、そこに浮かび上がってくる。
絵が変わったわけではない。
こちらの経験が増えたから、見えるものが増えたのだ。
奇しくもこの日、私は「経験は、最後にセンスになる」という記事を書いていた。
何度も見たもの、触ったもの、選んだもの、好きになったもの、誰かと話したこと、一度忘れてまた出会ったこと。そうした小さな経験の積み重ねが、世界の見え方を少しずつ変えていく。
1874年のパリへ二度目に入ってみて、それが少しわかった気がした。
とりあえず、頭を締め付けられないVRは最高だった。
姪は「すごくよかった!!!!」と大感動していた。
行きたい日に、思い立ってすぐ行けるのが、やっぱり一番楽しいね。
0コメント