チームラボ京都へ|世界は動いても、身体は「私はここにいる」と知っている。2026.07.21 22:00先日、京都にある「teamLab Biovortex Kyoto」を訪ねた。これまでにも何度もチームラボの作品は体験しているけれど、ついに京都まで足を伸ばしてしまった。会場に入ると、いつものように「猪子さんは、一体何を考えてこれをつくったんだろう」という問いから思考が走り出す。光...
大ゴッホ展《夜のカフェテラス》感想|ゴッホの手紙から見えた制作の文脈2026.07.08 22:00上野の森美術館で開催中の「大ゴッホ展 夜のカフェテラス」へ行ってきた。今回の目玉は、《夜のカフェテラス》の来日。日時指定予約はかなり先まで埋まり、当日も長い列。館内も人、人、人。作品の前も20〜30分待ち、お土産売り場まで20〜30分待ちという人気ぶりだった。長年、美術館へ通って...
森英恵展で気づいた。私はオートクチュールを作っていた。2026.07.04 22:00森英恵展の一角、ガラス張りのショーケース。そこに『私の一日』という雑誌の切り抜きがあった。読んでみたくなった。でも、字が小さすぎる。展示としては、それでも雰囲気は伝わる。でも、毎日『私の一日』を書いている身としては、どうしても文字そのものが読みたかった。ChatGPTに頼んだ。写...
森英恵さんへ|生誕100年 森英恵 ヴァイタル・タイプ2026.07.03 22:00森英恵さんへこんにちは。正直に言うと、あなたのことをほとんど知らずに会場へ向かいました。名前しか知らなかった、というのが本当のところです。ウエディングドレスの人、というイメージがあったけれど、それも今思えば、桂由美さんと混同していたのかもしれません。先日、「ピカソ meets ポ...
音を浴びに『Michael』3回目は応援上映会へ2026.06.25 22:00昨日は、マイケル・ジャクソンの命日だった。朝は英会話レッスンで、先生と一緒に Heal the Worldの発音を確認した。その数時間後、私は映画館にいた。映画『Michael』を観るのは、これで三回目だった。きっかけはInstagramだった。ジャファー・ジャクソンをフォローし...
映画『Michael』|私はマイケルを知らなかったと思っていた2026.06.16 22:00マイケル・ジャクソンの映画『Michael/マイケル』を観てきた。映画を観る前に、YouTubeでマイケルの人生を解説した動画を何本か見ていた。ジャクソン5としての成功。厳しい父、ジョー・ジャクソン。ペプシのCM撮影中の大火傷。ネバーランド。裁判。晩年。そして50歳での死。一通り...
ポール・スミスは、ピカソを解説しなかった2026.06.11 22:00『Picasso meets Paul Smith』を見てきた。最初は、ポール・スミスがピカソにインスパイアされて何かを作った展示なのだと思っていた。でも実際は違った。帰宅後にポール・スミス本人の解説動画を見て、さらに確信した。彼はほとんどピカソの話をしていない。もちろん作品には...
Picasso meets Paul Smith | ピカソを見に行ったら、ポール・スミスを見ていた2026.06.10 22:00六本木の国立新美術館で開催中の『Picasso meets Paul Smith』へ。ポール・スミスのグラフィックな花柄のロンTを着て、初日に行ってきた。このタイトルを見たとき、私は少し勘違いしていた。ポール・スミスがピカソにインスパイアされて何かを作った展覧会なのかと思っていた...
角野隼斗とウィーン交響楽団——私にとっての新世界は、ラヴェルだった。2026.06.03 22:00錦糸町、すみだトリフォニーホール。ペトル・ポペルカ指揮、ウィーン交響楽団。ピアノは角野隼斗さん。オーケストラの公演だから席はどこでもいいかな、と思い、いちばんリーズナブルな席を予約しました。当日、席についてみると——3階席の最後列、ど真ん中。ホールのいちばん後ろです。途中で階段の...
音楽が絵を動かす夜。辻井伸行「印象派」コンサートで感じたこと2026.05.27 22:00錦糸町、すみだトリフォニーホール。葛飾北斎ゆかりの北斎通りにほど近い、このホールで、辻井伸行さんの「音楽と絵画コンサート 印象派」に行ってきました。何年か前にも同じコンサートに足を運んでいて、今回は再訪。ドビュッシー、サティ、ラベルを中心に、印象派の絵画が大きなスクリーンに映し出...
静止した絵の中に、時間が流れていた。アーティゾン美術館「モネ 睡蓮のとき」感想2026.04.21 23:00モネの作品は、これまでにも何度となく見てきた。オルセー美術館展、オランジェリー美術館への訪問、ジヴェルニーのモネの庭。それでも今回、日本橋のアーティゾン美術館で開催された没後100年の展覧会は、何かが違った。