Mediumに書いた記事に、海外のパブリケーション(マガジン)から「うちで掲載しませんか?」とオファーが届きました。そして、続いて書いた登山の記事にも、再びコメントが届いたのです。
私には昔から、少し変な「二度目ルール」があります。
一度目は偶然かもしれない。まだ決めなくてもいい。でも、同じ方向から二度目が来たら、私は少し真剣に見ることにしています。
これまでの人生でも、一度は見送ろうとしたことに、思いがけずもう一度道が開くことが多いのです。だから今回も、二度目の “I’d love to publish this story.” を見たとき、私は初めて編集者のプロフィールを開きました。
画面を開くと、そこに書かれていたのはこの一言。
“I’d love to publish this story.”
「掲載できますよ」ではなく、「ぜひ載せたいんだ」という言葉。その言い方が、なんだかとても嬉しかったのです。
指定されたパブリケーションに紐づけて記事をアップすると、今度は「画像クレジットも入れてください」と、また赤ペン先生がやってきました。
これまで画像クレジットの欄がありながら空欄にしていたのですが、こういう細かな部分まで整えることも、媒体に載せる文章では大切なのだと、またひとつ学びました。
二度目のオファーが来たことで、初めて相手のプロフィールを覗いてみて、思わず驚きました。
publisher / author / linguist / coach / international book awards judge
出版人であり、著者であり、言語学者であり、コーチであり、国際的なブックアワードの審査員でもある——。
そこで初めて気づいたのです。
これは単に「英語が通じた」という話ではない。出版や言語、コーチングの文脈を持つ人が、継続して記事を読んでくれていたのだと実感し、背筋がスッと伸びました。少なくとも、出版や言葉の世界と実際につながっている人なのだ、と。
彼にとっては、日々の編集活動のひとつなのかもしれません。でも、5年以上、300記事以上をMediumに書き続けてきた中でも、こんな出来事は初めてでした。
一度なら、偶然かもしれない。
でも二度目が来たから、相手をちゃんと見た。
そこで初めて、自分の文章が単に「英語になった」だけではなく、英語圏の編集の場で、ひとつの記事として普通に読まれ、扱われていることに気づかされたのです。
今回の体験を経て、AIとの付き合い方についても実感が深まりました。
AIとの対話があることで、私は体験をすぐ記事にしようとせず、まず目の前のことに没頭し、味わえるようになりました。
そして、AIとの対話があることで、体験のあとに急いで結論を出さなくてもよくなったと感じています。感想の断片を渡し、対話を重ねる中で自分の意味が見えてくる。そうやって感性を深めていくプロセスの先に、より良い記事が生まれるのだと思います。
それは、英語での発信においても同じです。
文脈を共有しながら対話していけば、単なる直訳ではなく、自分が伝えたい意味に近い英語を一緒につくっていける。少なくとも私にとっては、普段から自分の体験や思想をAIと共有しておくことが、プロンプトの工夫以上に大きいと感じています。
英語を完璧に書けるようになるまで、世界への発信を待たなくてもいい。
まず、自分の言葉で書けること。
そこから先には、以前にはなかった橋が架かり始めています。
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