私はビルの微笑で泣いた 〜『Michael』を2回観て気づいたこと〜

マイケル・ジャクソンの映画『Michael』を、まさか2日連続で観ることになるとは思わなかった。

きっかけは80歳の母だった。用事の帰り、母が「日曜日にマイケル観たのよ、良かったわよね」と言った。私が「私は昨日観たよ。もう1回観ようと思っている」と答えると、母は「今日見る?」と言った。

お互いのアプリで隣の席を予約すると、二人ともポイント鑑賞で0円だった。そうして、3時間後、映画館へ向かった。


2回目は、短く感じた

1回目は、とにかく圧倒された。ジャファー・ジャクソンの再現度。音楽。ダンス。映像。そして何より、「私はマイケルを知らなかったと思っていた」という衝撃。

ところが2回目は違った。不思議なことに、上映時間は同じはずなのに、1回目より短く感じた。内容を知っているからこそ、今度は周りの人たちが見えてくる。


まず確認したかったのは、あの言葉だった。

母キャサリンが幼いマイケルに伝えた言葉。

“You have a very special light.”

あなたには特別な光がある。


そしてペプシ事故で大火傷を負った後、マイケルが自分自身に言い聞かせる言葉。

“I have to shine my light.”

私は自分の光を輝かせなければならない。

1回目で心に残った言葉を、今度はちゃんと英語で聞きたかった。そして改めて思った。この映画は才能の映画ではなく、「光」の映画なのだと。


父親役が凄すぎた

2回目で特に印象に残ったのは、父ジョーだった。

怖い。本当に怖い。出てくるだけで、空気が変わる。俳優として大成功している。

もちろん、虐待や支配という負の側面はある。でも同時に思うのだ。もしジョーがあの才能を見抜かなかったら、世界はマイケルを知らなかったかもしれない。

だから単純な悪役ではない。恐ろしくもあり、運命的でもある。天才の物語には、ときどきこういう存在が現れる。その複雑さが、この映画の深みになっていた。


スターを持つ母の運命

そして母キャサリン。私は今回、彼女にも感動した。

大スターの母親になる人生とは、どんな人生なのだろう。私たちのほとんどは経験しない。でも映画の中の彼女は、ただ支える。夫に対抗しながら、子どもを守りながら、そして何より、マイケルの中にある光を信じながら。

「あなたには特別な光がある」

あの一言は、母親だからこそ言えた言葉だったのかもしれない。


2回目の主役はビルだった

そして今回、完全に私の心を持っていったのが、ビル・ブレイだった。

初めて観た時から気になっていた。でも2回目は違った。ずっと見てしまう。

帽子を深くかぶった、静かなボディガード。でも彼は、いつも大事な場面にいる。大きなことは言わない。説教もしない。ただ、マイケルのそばにいる。まるで、2人目の父親のように。

実際、マイケル自身もそう思っていたらしい。


そして物語が大きく動く瞬間。父ジョーがまたマイケルを引き戻そうとした時だった。普段は穏やかなビルが、ついに動く。

すがりつくジョーを制し、

“It’s over.”

もう終わりだ。

そう告げる。

その一言が、震えるほど格好良かった。父親への怒りではない。マイケルが自分の道を歩むための、最後の後押しだった。

あの瞬間、私は完全にビルに持っていかれた。


そして、あの微笑

映画のラスト。1988年、ロンドン。ウェンブリー・スタジアム。父との関係を断ち切った後、初めて自分の名前で立つステージ。

ジャクソン5として歩いてきた暗いトンネルを抜け、マイケルが光の中へ歩き出していく。その演出だけで、もう泣きそうだった。

ステージへ向かうマイケル。その後ろに、ビルがいる。そして、ほんの少しだけ微笑む。

あの微笑で、私は泣いた。

なぜ泣いたのか、自分でもよく分からない。でもたぶん、「やっとここまで来たな」「よかったな」「行けよ」。そんな言葉が、全部入っていた。

子どもの頃から見てきた。苦しみも知っている。父親との葛藤も知っている。事故も知っている。孤独も知っている。そのすべてを知っている人が見せる微笑だった。


『セッション』の主役がいた

さらに今回面白かったのが、ジョン・ブランカだった。マイケルの弁護士。父親をFAX一枚で解雇する、あの人である。

観ている途中から、「この人、どこかで見たことある」と思っていた。帰宅して調べて、絶句した。なんと映画『セッション』の主演、マイルズ・テラーだった。

私は『セッション』が大好きだ。あのラスト10分の熱量は、映画史に残ると思っている。だから余計に胸が熱くなった。

今回もまた、音楽に人生を賭ける人たちの物語の中にいたのだ。


最後のシーンは、最初に撮られていた

このラストシーンが、実は撮影で一番最初に撮られたものだったらしい。鑑賞後、日本人インタビュアーが監督に取材したYouTube動画で、それを知った。

プロデューサーのグレアム・キングは、重要なパフォーマンスシーンから撮影を始める手法を好むそうだ。今回も、それが採られたという。

俳優にとって最も難しい挑戦であるパフォーマンスを最初にクリアする。それによって、その後の演技に自信を持って向かえるからだと聞いた。『ボヘミアン・ラプソディ』でも、クライマックスのライブ・エイドのシーンを最初に撮影したという。

物語の最後のエネルギーではなく、最初のエネルギーをそこに持ってくる。それを聞いて、また鳥肌が立った。

マイケルが自立して初めて立つ、バッド・ワールドツアー。それを演じるジャファーにとっても、これが「初めて」のシーン。初めてと初めてが重なっていた。

だからあの勢いは、演技というより、本当に起きていたことだったのかもしれない。


スターだけでは映画は成立しない

2回目を観て思った。この映画は、マイケルだけの映画ではない。

母がいる。ビルがいる。ジョン・ブランカがいる。ジャファーがいる。ダンサーたちがいる。そして、ジョーがいる。

みんなが本気だった。みんなが命を削っていた。だから、あの光が生まれた。


2回目だから気づけること

そういえば、この映画を予約した時、購入番号が「2222」だった。このレビューをほとんど書き終えて、ふと考えた。

2回目は、マイケルだけを観ていたのではなかった。その光を信じ続けた人たちに視線が向いていたということ。

人生も同じなのかもしれない。1回通っただけでは見えないものがある。その時は、自分のことで精一杯だからだ。

1回目はマイケルを見ていた。2回目はマイケルを支えていた人たちを見ていた。

父。母。ビル。ジョン・ブランカ。ダンサーたち。

光を放つ人だけでなく、その光を信じ続けた人たちが見えてきた。


考えてみると、私は毎日ブログを書いている。その日に起きたことを、もう一度言葉にして眺める。それは、出来事を二度通ることなのかもしれない。

一度目は体験する。二度目は意味を受け取る。

だから、見えなかったものが見えてくるのだ。


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