マイケル・ジャクソンの映画『Michael/マイケル』を観てきた。
映画を観る前に、YouTubeでマイケルの人生を解説した動画を何本か見ていた。ジャクソン5としての成功。厳しい父、ジョー・ジャクソン。ペプシのCM撮影中の大火傷。ネバーランド。裁判。晩年。そして50歳での死。
一通り予習してから、映画館へ向かった。だから映画を観ながら、どこまで描くのだろうと思っていた。
ところが映画は、私が想像していたところでは終わらなかった。ワールドツアーへ向かう、まさにマイケルの絶頂期。そこで映画は幕を閉じる。
観終わった時は、「あれ、ここで終わるんだ」と思った。
けれど後で映画レビューを見たら、もともとはその後の人生まで描く構想があったらしい。しかし様々な事情があり、結果的にこの形になったという。
でも私は、この終わり方で良かったと思った。なぜなら映画館を出た時、私の中に残っていたのはスキャンダルではなく、光だったからだ。
「あなたには特別な光がある」
映画の中で、印象的な場面がある。
母キャサリンが、子ども時代のマイケルにこう言う。
You have a very special light.
あなたには特別な光がある。
そしてペプシの事故で大火傷を負った後、マイケル自身がこう言い聞かせる。
I have to shine my light and spread love and joy. That is my destiny.
私は自分の光を輝かせ、愛と喜びを広げなければならない。それが私の運命だ。
才能がある。スターになれる。売れる。そういう言葉ではない。
光がある。
その言葉が、苦しい時の支えになっていた。映画を観終わった後に振り返ると、私はこの映画全体を「光」の物語として観ていたのかもしれない。
ジャファー・ジャクソンが素晴らしかった
その光を体現していたのが、大人になったマイケルを演じたジャファー・ジャクソンだった。
本当に素晴らしかった。
最初は、「甥っ子が演じているんだな」と思って観ていた。でも途中から違った。もう、マイケルだった。
もちろん顔が似ているとか、ダンスが上手いとか、そういうこともある。でもそれだけではない。とにかくキラキラしているのである。
後から知ったのだが、主演が決まってから一年間、家族にもそのことを言わず準備を続けていたそうだ。本を音読しながら、あの高い声を作り、動画を繰り返し見て、動きを体に刻んだという。
技術というより、祈りに近い準備だったのだと思う。叔父を正しく伝えたい。その願いが、あの輝きになっていたのではないかと感じた。
観ながら何度も思った。
叔父さん、喜んだだろうな。
マイケルは「歌って踊る天才」ではなかった
映画を観て、初めて気づいたことがある。
私はずっと、マイケルを「歌って踊る天才」だと思っていた。
違った。
彼は、クリエイターだった。
幼い頃から父に管理され、アイドルとして型にはめられてきた。でもクインシー・ジョーンズと出会い、自分の音楽を作る自由を手に入れた時、何かが溢れ出した。
曲を書く。演出する。映像を作る。プロデュースする。『Thriller』の映像作品。MTVでの革命。誰もやったことがないことをやり続けた。
作らずにはいられない人間だったのだと思う。ずっと抑えられていたから、溢れてきたのかもしれない。
私はマイケルを知らなかったのではない
そして、この映画で一番驚いたのは、実は別のところだった。
私はずっと、自分はマイケルのファンではないと思っていた。1975年生まれなので、マイケル全盛期の時代を生きてはいる。でもレコードを買ったわけでもない。追いかけていたわけでもない。だから「有名な人」という認識だった。
ところが映画が始まって驚いた。
流れる曲、流れる曲、全部知っているのである。
「あ、これもマイケルだったの?」「これも?」「これ、ジャクソン5だったの?」
そんなことの連続だった。知らない曲がほとんど出てこない。
私はマイケルを知らなかったのではない。マイケルの時代の中にいたのだ。
テレビから流れていた。街で流れていた。ラジオから流れていた。特別に追いかけなくても、耳に入ってくる。だから身体が覚えている。
そのことに気づいた時、鳥肌が立った。
マイケル・ジャクソンは、ファンだけのスターではなかった。時代そのものだったのだ。
子どもの頃、私はキャプテンEOを観ていた
そういえば、今回の映画を観ていて思い出したことがある。
私は子どもの頃、ディズニーランドで「キャプテンEO」を観ている。当時は、「マイケル・ジャクソンの3D映画なんだ」くらいにしか思っていなかった。
正直、空いているアトラクション扱いだった。(笑)
ところが今回、マイケルについて調べていて驚いた。
キャプテンEOは、ジョージ・ルーカスが製作総指揮を務め、フランシス・フォード・コッポラが監督した作品だったのである。
今なら、「そのメンバーで15分のアトラクションを作るの?」と思うような、とんでもない作品だった。
でも子どもの私は、その価値がまったく分からなかった。そして今になって、「ああ、ちゃんと観ておけばよかった」と思っている。
光として残ったもの
今回の映画で私が再会したのは、マイケルだけではなかった。あの時代そのものだった。
映画を観ながら、何度も泣いていた。悲しいからではない。懐かしいからだけでもない。自分が生きていた時代そのものに、再会したような気持ちだった。
ジャクソン5の少年マイケル。世界を驚かせ続けたスーパースター。映像で音楽の歴史を変えた表現者。誰もやったことがないことをやり続けた革命家。そして、傷つきやすく、優しく、人を愛そうとしたひとりの人間。
私が知っていたのは、結果だった。
その前に、ひとりの少年がいた。家族がいた。夢があった。才能があった。努力があった。そして光があった。
映画館を出た時、私の中に残っていたのはスキャンダルではない。光だった。
そして今、私はまた『Thriller』の動画を見ている。
やっぱりすごい。天才。
私はマイケルを知らなかったと思っていた。でも本当は、ずっと知っていたのかもしれない。
マイケルの人生の輝きを見られて、幸せな気持ちになった。
🖊 2回目の感想
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