大阪出張、いくつもの枠がひらいた日

季節に一度の大阪出張があった。

いつものメンバーとのグループセッション。


もう何度も重ねてきた時間だけれど、今回はまた少し違っていた。

対話が深まるたびに、その人の前提が見えてくる。

問題だと思っていたものが、少しずつ別の構造として立ち上がってくる。


しかも今回は、その場にAIもいる。

あとから文字起こしされ、まとめられ、言葉として返ってくることまで含めて、対話が続いていく。

その場で起きた気づきが、その場限りで終わらず、

あとからじわじわと体に入っていく。


OSが上書きされる、という言い方がいちばん近いのかもしれない。

4時間。

でも体感としては、もっと長かった。

5時間ぶんくらいの濃さがあった。

セッションのあとは、いつものイタリアンでパスタを食べた。

ラム肉のある、あの店。

常連のように、メニューをさっと見ただけで、オーダーできるようになっていた。(笑)

ただ、この日はそこで終わらなかった。

夜にはウェビナーが控えていた。

少し早めに切り上げてホテルへ戻り、

スライドを確認し、台本を見直し、

ChatGPTとClaudeと一緒に作ってきたものを、最後にもう一度整える。


ところが、最後の最後で少し困ったことが起きた。

ChatGPTが「ここを重点的に話したほうがいい」とまとめてくれたことと、

先に作っていたスライドの流れが、なぜかぴったり噛み合わなくなってしまったのである。


スライドを軸に話すのか。

スクリプトを軸にするのか。

Zoomが始まる一分前まで、どうしよう、どうしよう、と迷っていた。


でも始まってしまえば、もうそれどころではなかった。

最初に話す一文だけ、自分の中で決めていた。


それを言った瞬間、あとは流れ始めた。

スライドは一度も開かなかった。

スクリプトも見なかった。

水も飲まなかった。


ただ、話した。

100分。


予定していた順番をなぞるのではなく、

ある話が次の話を呼び、

また別の話へつながり、

そのつながりがさらに別の角度を開いていく。


まるで、自分の中で何かがすでに編まれていて、

話すことでその糸を手繰っていくような感覚だった。

自分でも驚くほど、スムーズだった。


たぶんこれは、最近ずっとAIに向かって話しているからなのだと思う。

音声で考え、話しながら整理し、言い直し、また別の言い方を探す。


そういうことを毎日のように繰り返していたら、

知らないうちに、喋る筋肉まで鍛えられていた。


しかも面白いのは、

AIが動画を作り、台本を作り、いろいろなことを代わりにやる時代になっていくほど、

逆に、生身の人間が何も見ずに100分話すことのほうが新鮮になる、ということだ。


AIと準備して、

最後は生身で話す。

その往復の中で、

人間のほうにも何か新しい力が育っていたのかもしれない。


ウェビナーが終わっても、まだ一日は終わらなかった。

グループセッション4時間分の文字起こしをAIに渡し、

ウェビナー100分の文字起こしもAIに渡し、

どちらもまとめてもらい、ポッドキャストにもしてもらう。

それを全部聞き返していたら、夜中の3時になっていた。


ようやく眠りにつき、

翌朝は少しゆっくり起きた。


10時30分ごろ、ホテルのロビーへ降りる。

時間のあるクライアントさんが来てくださって、

そこでまた昨日の続きのような時間が始まった。


その方は開業届を出したばかりだった。

個人的にやってきたことが、ひとつの名前を持ち、

箱を持ち、

これから社会の中で別の輪郭を帯びて動き出していく。

そういう節目に立っている人だった。


では、写真も変えたほうがいい。

見え方も変えたほうがいい。

そういう話になって、その場で写真を撮った。


撮った写真をChatGPTに渡して、

モノクロの横顔ポートレートへ仕上げていく。

まるでプロのフォトグラファーが撮ったような仕上がりになって、

ご本人も、とても喜んでくださった。


その場でFacebookもInstagramも写真が変わっていく。

知っている人からすぐに反応がある。


写真を変えることは、単に見た目を変えることではない。

その人の世界観をつくることなのだと、あらためて思う。

私はそういうことが昔から好きだ。


なので写真だけでは終わらず、プロフィールも、ヘッダーも、その方の見え方ごと少しずつ整えていった。


そして、そこまで終えたところで、

じゃあ、ZARAに行きましょう、という話になった。


心斎橋の新しいZARAは、思っていた以上によかった。

空間も、ディスプレイも、商品も、ただ大きいだけではなく、ちゃんと選ばれている感じがした。

しかも店内には、やたらと大きな壺がある。

最近ずっと「壺と土」の話をしていたので、二人で笑ってしまった。

私はオンラインで見ていたデニムジャケットを試着し、

その方は花の刺繍の入った柔らかいデニムジャケットを試した。


どちらもちゃんと似合って、

結局ふたりともデニムジャケットを買った。


そのあと、上の階のZARAカフェでお茶をした。

和の要素を少し感じるモダンな空間で、思ったよりずいぶん長居をした。

そこから今度は、国立国際美術館へ。

地下に広がるあの建築は、それだけで少し気持ちが切り替わる。


ちょうど開催されていた展示は、中西夏之の作品だった。

意味は、正直よくわからなかった。

でも、何もわからないまま見て、

何もわからないまま出口に向かう頃には、なぜかすっきりしていた。


ただ佇むこと。

ただ見ること。

そういう時間そのものが、何かを整えていたのかもしれない。


そしてもうひとつの展示室で、

前日のウェビナーで話していた村上隆さんの作品に出会った。

マイナス30歳、という設定革命。

その話をした翌日に、実物の作品の前に立っている。

少し出来すぎているようで、でもこういうことはたまに起きる。

見たかったものに、意図せず会えてしまう日だった。


美術館を出たあとは、大阪駅まで歩き、そこからJRで新大阪へ。


ちょうど新幹線が入ってきたので、自由席の一号車まで駆け足で向かった。


運よく端の席が取れて、座るやいなやパソコンを開く。

月曜のメールレターの準備。

少し頭の中を整理しているうちに、2時間半はあっという間に過ぎていた。


東京に着いてからは、小さめの親子丼を買って帰宅し、

家でグリーンのスープを作って食事をした。


そこでようやく一日が終わった、

と言いたいところだけれど、

実際にはまだ少し続いていたような気がする。


私の一日は、ひとつの枠でできていない。

何度か、違う場面がひらく。

違う空気が流れ、そのたびに別の自分が少しずつ動き出す。


一緒にいたクライアントさんが

「今日は何日分もあった感じがしますね」

と言っていたけれど、まさにそういう一日だった。


グループセッション。

夜のウェビナー。

AIによる編集。

ホテルロビーの続きを話す時間。

写真の刷新。

心斎橋のZARA。

美術館。

新幹線。

そして夜のスープ。


どれも別の出来事のようでいて、

全部がちゃんとつながっていた。


睡眠は5時間ほど。

新幹線でも寝ず、

帰ってきてからもまた仕事をしている。

それでも、不思議と消耗している感じはなく、

むしろ元気になって帰ってきた気がしている。


たぶんこれが、最近よく思う「軽くなった」ということなのだと思う。


何もしなくなることではない。

たくさんのことがあっても、その流れが切れず、

そのまま次へ進んでいけること。


大阪グループセッションも「2.0」へ。

次元が変わったのかもしれない。

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