秋晴れの午後、ふとした思いつきで検索していると、白金台の東京都庭園美術館で開催中のジュエリー展覧会が目に留まった。「永遠なる瞬間 ヴァン クリーフ&アーペル——ハイジュエリーが語るアール・デコ」。自転車で行ける距離にこんな展覧会があるとは、願ってもない幸運だ。16:00からのチケットを予約し、ミニベロに跨った。
坂を越えて
Googleマップによれば、所要時間は約25分。ただし、このエリアの地形には注意が必要だ。上り坂50メートルの表示が出ている。タイヤの空気圧を満タンにしておいたのは正解だった。以前、長い橋を渡った際に空気不足で苦労したが、今日は軽快に走れる。8段変速のギアを4速あたりに保つと、最も楽にペダルを回せることを最近発見した。
大通りの車専用レーンは少し緊張するが、東京の歩道は常に混雑している。車の切れ目を見計らって、一気に加速する。
やがて目の前に現れたのが、「桂坂」と記された坂道だった。傾斜はそれほど急ではないものの、長い。ChatGPTに計算させたところ、勾配7%、全長約240メートルだという。じわじわと脚に負荷がかかり、やはり途中で自転車を降りることになった。その後もいくつかの坂があり、結局、到着まで30分を要した。
入口近くの駐輪場を事前に確認していたので、スムーズに自転車を停められた。2、3台しか停まっていない。以前、この庭園を訪れたことがある気がするが、建物の中に入るのは初めてかもしれない。
時を超えた邂逅
本展は、1925年に開催された「現代装飾美術・産業美術国際博覧会(通称アール・デコ博覧会)」から100周年を迎えることを記念したもので、ヴァン クリーフ&アーペルはこの博覧会の宝飾部門でグランプリを受賞している。1906年、パリのヴァンドーム広場22番地に創業したヴァン クリーフ&アーペルは、アール・デコという時代の精神とともに成長してきたメゾンだ。
そして、会場となっている東京都庭園美術館の本館は、1933年(昭和8年)に竣工した旧朝香宮邸である。朝香宮夫妻がまさに1925年のパリでアール・デコ博覧会を訪れ、その芸術に魅了されて建設した邸宅だ。つまり、この展覧会は単なる作品展示ではない。100年前のパリで花開いたアール・デコという美の潮流が、時を超えて東京で再び出会う——そんな運命的な邂逅の場なのである。
展覧会の概要
「20世紀初頭、アール・デコの黎明期。パリ・ヴァンドーム広場で誕生したヴァン クリーフ&アーペルは、時代の精神とともに"幾何学と光"の美学を切り拓いた。直線と曲線、黒と白、静謐と煌めき。相反する要素を調和させるその構築的なデザインは、女性の生き方が変わり始めた時代に呼応し、自由と洗練の象徴となった。」
本物の輝きに魅了されて
客層は、やはりジュエリー展覧会らしい装いの方々が多い。私は自転車のため、スキニーパンツにのレザースニーカーという出で立ちだが、一応ジュエリーは身につけてきた。
展示されているのは、ヴァン クリーフ&アーペルの「パトリモニー コレクション」と個人蔵の作品から厳選されたジュエリー、時計、工芸品約250点、そしてメゾンのアーカイブから約60点の資料だ。
本物のジュエリーの輝きは、想像を遥かに超えていた。1920年代のジュエリーには、驚くほど小さな時計が組み込まれているものがいくつもある。文字盤の精緻さを競い合っていたかのような小ささだ。イブニングバッグも、スタイリッシュで小ぶり。現代のスマートフォンを入れたらギリギリといったサイズ感である。
アール・デコ調のプラチナとダイヤモンドのジュエリーは、まさに眼福だった。人間の手によって生み出されたそれらの作品は、繊細かつ美しい。本物のダイヤモンドの輝きは、見る者をうっとりさせる。
建築とジュエリーの共鳴
この美術館の建物は、1933年に竣工当時のアール・デコの内装がほぼそのまま保存されており、その質と芸術的価値の高さから、2015年には国の重要文化財に指定されている。展示されているジュエリーが、まるでこの場所に置かれるべくして置かれているかのような一体感がある。これほど完璧に共鳴する会場は、他にないのではないだろうか。ジュエリーを鑑賞しながら、同時に1930年代の建築も堪能できる——二重の贅沢である。
特に心を奪われたのは、グレーの窓枠越しに見える、紅葉した庭園の美しさだった。窓の外の風景までもが、計算し尽くされているように感じられた。
部屋ごとに異なる壁のデザインも印象的だ。森林浴をしているかのような植物柄の壁紙の部屋。ある寝室の白い扉には楕円形の枠があり、そこが鏡になっている。暖房のラジエーターにも、アイアンで植物柄のデザインが施されている。外の自然と室内の装飾がリンクする美しさには、凛とした空気感が漂っていた。
それほど混雑していない展覧会だったため、各部屋にはスタッフの方と数名の鑑賞者がいる程度。この贅沢な余白のおかげで、ゆっくりと、間近でジュエリーを鑑賞することができた。
じっくり見ているうちに、外はすっかり真っ暗になっていた。
夜の帰路
帰り道は、登ってきた坂を下る、ほとんどアトラクションのような体験だった。ジェットコースターは苦手だが、自分でコントロールできる自転車で坂を下るのは大好きだ。Googleマップがなぜか行きとは違う道を示したため、細い住宅街の坂道を下るルートとなった。これが最高だった。桂坂の約250メートルを一気に下り、自転車の爽快さを改めて実感する。
アール・デコという時代の精神が生んだ美の結晶を堪能した、秋の午後。100年の時を超えて、パリと東京、建築とジュエリーが響き合う空間で過ごした数時間は、まさに「永遠なる瞬間」となった。
坂を登り、汗をかき、身体で辿り着いた先に本物の輝きがある。そのプロセスも含めての美術鑑賞である。(笑)
展覧会情報
永遠なる瞬間 ヴァン クリーフ&アーペル——ハイジュエリーが語るアール・デコ
会場:東京都庭園美術館(東京都港区白金台5-21-9)
会期:2025年9月27日〜2026年1月18日
開館時間:10:00〜18:00(入館は閉館30分前まで)
※一部日程で夜間開館あり
休館日:月曜日(祝日の場合は翌日休館)、年末年始
※日時指定予約制
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