スマホのアイコンでもすっかりおなじみの「😱」。その本家がいま日本にいます! ムンク展@東京都美術館へ早速行ってきました。
ムンクといえば、「叫び」くらいしか知らなかった私ですが、1時間もすると、ムンクがなぜ「叫び」を描こうと思ったのか、その心境が理解できてきました。ムンクの波乱万丈の80年の人生から、私たちは何を学べるでしょうか。
ムンクは1863年12月12日ノルウェー南東部の小さな町に生まれました。5歳のころ母を結核で亡くし、14歳で姉も結核で亡くし、おばさんに育てられたムンク。17歳のときに画家になると決意したそうです。父親は医者だったようで、余りその道に賛成という感じではなかったそうですが、おばさんもアマチュアの画家でありながら、絵も売っていたというので、その絵をムンクの画材を手に入れるために援助してくれていたほど、いち早くムンクの才能に気づいていた人のようでした。こうして身近に「死」を実感したことは、後のムンクの芸術に生涯影響を与え続けたそうです。
ベルリン芸術家協会の招きにより個展を開いたとき、新聞に激しく攻撃され、1週間で打ち切りとなるという今でいう炎上騒ぎ。展示会が中止になってしまうほどの衝撃デビューです。しかしそこから有名にもなっていったそうでした。
あるとき付き合っていた女性から結婚を迫られたけれど、画家の創作性を壊さないためにも「結婚はしない」と決めていたムンクでありましたが、その女性と口論になり、ピストル発砲騒ぎとなって、左手の指を負傷する事件へ。結婚しないという割に、最初から実らぬ恋もいくつもあったそうです。また、アーティストたち御用達のコペンハーゲンの精神病院に入院していたこともあったそうで、波乱万丈すぎて暗いところしか見当たらなかった・・・のですが、ずっと絵を描き続けてその数、2万点。生涯を通じて、人間の感情や生、あるいは死と向き合い続けてきた画家ムンク。80歳で生涯を終えました。また、特徴としては「自画像」と39歳のときに手にしたカメラで「セルフィー」の画家でもあります。画家は絵で人生を語れるんですね。
「見えたものを描くのではなく、見ているものを描く」この言葉にはっとしました。この展覧会は巡回しないようですので、東京へお越しの際には、ぜひお見逃しなく。
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