先日、月曜日に配信するニュースレターの記事を、英会話の先生にシェアしました。
テーマは、
Surrender――降参すること。
何かに負けるという意味ではなく、
もう、このやり方では進めません。
これまでの自分のままでは通れません。
と認めることについて書いた記事です。
先生は読んだあと、
Beautiful.
と言ってくれました。
それから、少し面白い話をしてくれたのです。
GoogleやChatGPTなどにログインするとき、
Continue as ○○
という表示が出ることがあります。
日本語にすると、
○○として続けますか?
という意味です。
普通なら、ただのログイン確認です。
名前を確認して、そのままクリックする。
でも先生は、その表示を見るたびに、少し立ち止まるそうです。
今日も、昨日までの自分として続けるのか。
それとも、今日は少し違う自分として生きるのか。
そんなことを考える、と。
私はその話を聞いて、とても面白いと思いました。
「Continue as ○○」は、システム上ではただの確認ボタンです。
けれど読み方を変えると、
今日も、これまでの自分として続けますか?
という問いになります。
人は毎日、昨日までの自分にログインしている
私たちは朝起きると、無意識のうちに昨日までの自分へログインします。
昨日までの考え方。
昨日までの習慣。
昨日までの人間関係。
昨日までの自分への評価。
特に確認することもなく、
Continue as 私
を押して、一日を始める。
でも本当は、毎日まったく同じ自分である必要はないのかもしれません。
昨日まで信じていたことを、今日は少し疑ってみてもいい。
昨日まで我慢していたことを、今日はやめてもいい。
昨日までできないと思っていたことを、今日は試してもいい。
「続ける」ことは、必ずしも「同じでいる」ことではありません。
Surrenderは、自分を終了することではない
私が書いたSurrenderの記事とも、この話はつながっていました。
降参するというと、
終わる
負ける
諦める
というイメージがあります。
でも、もしかするとSurrenderとは、
昨日までの自分として、そのまま続けることをやめる
ことなのかもしれません。
アカウントを削除するわけではない。
別人になるわけでもない。
ただ、古い設定の一部を更新する。
少し違う見方を選ぶ。
少し違う反応を選ぶ。
少し違う一歩を選ぶ。
それだけで、同じ名前のままでも、生き方は変わっていきます。
今日も、これまでの自分として続けますか?
この話を聞いてから、
Continue as ○○
という表示が、少し違って見えるようになりました。
ただのログイン画面だったはずなのに、急に哲学の授業を始めています。
でも、こういう小さな見方の変化が、案外その人の一日を変えるのかもしれません。
今日も、これまでの自分として続けますか。
それとも今日は、
少し違う自分としてログインしますか。
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