英会話のレッスンを終え、いつものJRではなく、ふと銀座へ向かいたくなった。
モンベルで登山靴でも見ようか。そんな軽い気持ちで丸ノ内線のホームに立ったとき、一人の女性に声をかけられた。
差し出されたスマホの画面には、韓国語。老眼の目には国際交流以前に文字サイズとの戦いだったが、「銀座」と音で言われて理解した。
「私も行きますよ」と笑って伝え、電車に乗り込んだ。途中で降り場所を教えれば終わるはずの道案内。だが、彼女が二人掛けの席に並んで座ったことで、私の夕方は思いがけない方向へ走り出した。
彼女は英語が話せず、私は韓国語がわからない。
私はiPhoneでChatGPTを開き、二人の間に置いた。日本語を入力して韓国語に訳し、彼女の返答を日本語に戻す。原始的で、どこか未来的な会話の始まりだった。
行きたい場所を聞くと、三越伊勢丹とエルメスだった。特に予定もなかった私は「今フリーだから案内しますよ」と告げた。
人生は時々、スケジュールの空白を見つけると妙な企画を差し込んでくる。
「今日は私が暇で、あなたラッキーでしたね」
冗談めかして言うと、彼女はChatGPTに韓国語で話しかけた。画面に浮かび上がったハングルと翻訳を見て、私は思わず息を呑む。
"며칠 전에 서울에서 일본인 관광객을 안내해 줬더니 행운이 찾아왔네요."
(数日前にソウルで日本人観光客を案内してあげたので、私にも幸運が訪れたようですね。)
ゾクッと鳥肌が立った。自分の腕をさすって見せると、彼女も「私も!」という顔で自分の腕をさすって笑う。言葉は通じなくても、鳥肌の立ち方とジェスチャーだけは世界共通だった。誰かに差し出した親切が、巡り巡って国を越え、いま私の目の前に戻ってきている。
エルメスの入っている銀座SIXを巡ったあと、彼女は、スターバックスでお茶しませんか?お礼にと言った。
次の行き先が、有楽町線だったから、銀座一丁目近くのスタバへ。
満席の店内に諦めかけた瞬間、二人組が席を立つ。次の瞬間、さっきまで電車の乗り方に不安げだった彼女が、目にも留まらぬ速さで席を確保した。二人で顔を見合わせて吹き出した。
コーヒーを飲みながら、即席の「ChatGPT講座」を開講した。
アプリは入っているものの使いこなせていなかった彼女に音声入力を教えると、飲み込みが早い。帰る頃には、私の端末を挟むのではなく、彼女が自身のスマホのChatGPTを使って会話できるようになっていた。さらには放置されていたInstagramまで相互フォローで開通。
受講料アイスコーヒー1杯で、通信インフラまで一気に整った格好だ。
最後に、一緒に写真を撮りませんか?と、ジェスチャーで言われて、スタバの前で記念写真。
銀座一丁目駅の改札までお連れして、「良い旅を」と伝えて別れた。無事に最終目的地についてくれるといいのだが。きっと、ChatGPT翻訳も身につけたし、大丈夫でしょう!
昔、パリを旅したとき、見知らぬ現地の人が親切に道を案内してくれた日のことを思い出す。目的地に着けたこと以上に「誰かが自分のために時間を使ってくれた」という感覚が、何年経っても温かい記憶として残っている。今日の数時間が、彼女にとってもそんな記憶になってくれたら嬉しい。
誰かに渡した親切が、どこをどう巡るのかはわからない。新しいサポートの形が誕生した夕方だった。
こちらに今回の対話ログの分析まとめています。
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