先日、初めて2,500m級の山に登った。
蓼科山。標高2,531m。
これまで私が登った山で一番高かったのは、1,500mほど。
そこから、いきなり約1,000mアップである。
とはいえ今回は七合目登山口からなので、実際の標高差は約600mほど。七合目から山頂までは最短ルートで約2時間とされている。距離だけ見れば、それほど長くない。
前日に言われたから、あまり調べる時間もない。
まあ大丈夫でしょう。
と思っていた。
甘かった。
石。石。そして、また石。
登り始めてすぐに気づいた。
この山、
ずっと石である。
平坦な土の道が、ほとんどない。
登る。
石。
さらに登る。
もっと大きな石。
少しジャリジャリした場所が出てきたと思えば、その先にはまた岩。
ほぼずっと、
上るか、下るか。
そんな山だった。
しかも平日なのに、結構人がいる。
高校生の登山部らしいグループもいた。
20代、30代くらいの人もいる。
50代、60代くらいの方も普通に登っている。
そして驚いたのが、
小さな子どもまで登っていたこと。
幼稚園生くらいに見える子が、
「楽しい、楽しい」
と言いながら登っている。
いや、こちらはまあまあ必死なんですけど(笑)。
荷物も軽いし、身体も軽い。
子どもにとっては、もしかするとこの石だらけの道が、巨大な天然アスレチックのように感じられるのかもしれない。
同じ山を登っていても、みんな違う山を登っているようだった。
突然現れた、苔の世界
そんな石の道をひたすら登っていく途中、
急に景色が変わった。
苔だった。
道の両側に広がる苔が、光を受けてキラキラしている。
生まれたばかりのような、柔らかな緑。
そこまで結構きつい登りだったのに、その場所に入った瞬間、
なんだか身体がリセットされた。
バディも、
「なんか急に元気になるね」
というようなことを言っていた。
本当にそうだった。
空気が違う。
あの数日前に体験したTeamLabとはもちろんまったく違う場所なのだけれど、
身体が先に何かを感じる
という意味では、少し似ていた。
説明できる前に、身体が反応する。
ああ、ここ好きだ。
それだけでいい。
山の中に、突然未来が現れた
苔の道を抜けると、蓼科山荘に着いた。
そこで休憩していると、
「これからドローンが来ますので、風に気をつけてください」
という声が聞こえた。
ドローン?
と思っていたら、本当に来た。
山小屋への物資輸送に使われている大きなドローンだった。
さっきまで、
苔。
岩。
木。
という世界にいたのに、
突然そこへ、
未来の物流システム
が飛んでくる。
もう何の世界にいるのかわからない(笑)。
山小屋にはオリジナルのTシャツも売っていて、これがまた可愛かった。
しっかり買った。
登山中まで物販に反応する自分の神経だけは、標高2,000mを超えても正常だったらしい。
ここからが、本番だった
蓼科山荘から先は、さらにすごかった。
大きな岩が重なり合っている。
鎖場もある。
でも不思議なことに、鎖があるところより、
鎖がない巨大な岩場のほうが大変だった。
上から下りてくる人。
下から登ってくる人。
平日なのに、ところどころ大渋滞。
私も、とにかく目の前の石に手をかけながら登った。
一個。
また一個。
登り終わったと思ったら、まだ終わっていない。
山頂が近づくと、今度は緑まで少なくなって、
石だけの世界
になった。
蓼科山の山頂は、大きな岩塊が広がる独特の地形になっている。
ストックも使わず、
手で岩を押さえながら進む。
匍匐前進というほどではないけれど、
気分としてはかなりそれに近い。
ようやく山頂に着いた。
山しか見えない
2,531m。
山頂には、トンボがたくさん飛んでいた。
そして360度、
山。
山。
山。
町の景色がほとんど視界に入らない。
ここまで来ると、
「遠くの町を見下ろす」
という感じではない。
山の中に、自分も入ってしまった
という感じだった。
天気も目まぐるしく変わる。
着いたときは曇っていた。
しばらくすると青空が現れた。
また雲が来る。
その間に昼ごはんを食べた。
1時間ほどいただけなのに、空が何度も表情を変えた。
2,500mの山頂に、神社がある
そして山頂には、鳥居がある。
蓼科神社の奥宮だ。
蓼科神社は、里宮だけではなく蓼科山頂に奥宮を持つ古い神社で、長野県神社庁の記録では、9世紀の史料にも「蓼科神」の記述が残っている。
そういえば、七合目登山口も鳥居から始まっていた。立科町も、七合目登山口を「山頂に奥宮を祀る蓼科神社の一ノ鳥居がある登山口」と紹介している。
鳥居から始まり、
石を登り、
苔を抜け、
また石を登り、
山頂の奥宮へ。
そう考えると、この登山そのものが参道だったのかもしれない。
奥宮で、
旅の安全をお願いした。
そして最近ずっと考えていることもお願いした。
必要なものが、私を通りますように。
標高2,500m。
空は近い。
なんとなく、ものすごく届きそうな気がした(笑)。
問題は、下りだった
そして当然、
登った道を、
そのまま下る。
あの石を?
と思った。
登りは夢中だった。
でも下りは、一歩ずつ足場を判断しなければならない。
この石は動かないか。
ここに足を置いて大丈夫か。
その次はどこか。
慣れている人は、
ポン、ポン、ポン、
と信じられないくらい軽やかに下りていく。
私は、
一歩。
確認。
もう一歩。
確認。
しかも、以前から下りでは登山靴の中で足が前へ滑り、爪先が当たって痛くなる。
今回も同じだった。
だから余計に慎重になった。
でも、途中で思った。
それでも私は、この靴で今まで10回以上、ちゃんと山を下りてきたんだ。
棒ノ折山の根っこの道も。
これまでの山も。
そして今回の蓼科山も。
合っていない靴で、私は下りを攻略していた。
だったら、
自分の足に本当に合った靴を履いて、
岩場を歩く技術が身についたら、
私はどれくらい歩けるのだろう。
急に、次が楽しみになった。
初心者から、次のフェーズへ
私は登山を始めて4年ほどになる。
でも年に4回くらいしか登らない。
だからずっと、
「私は初心者」
という感覚だった。
服も、
まあこれでいいか。
靴も、
これで大丈夫でしょう。
そんな感じで選んできた。
でも今回、
初めて2,500m級に登って、
翌日になっても筋肉痛は思ったほどひどくなかった。
太ももと、岩を支えた肩が少し痛いくらい。
体力は、思っていた以上にある。
だったら、そろそろ、
「初心者だから、とりあえずこれでいい」
から卒業してもいいのかもしれない。
自分に合う靴を選ぶ。
岩場の歩き方を覚える。
服も、機能だけではなく、自分が気持ちよく山を歩けるものを選ぶ。
速、速乾素材でマティスのTシャツまで作った。
何をしているのか。
登山である。
たぶん(笑)。
でも、それも含めて、
私の山の楽しみ方が、少し変わり始めた。
1,500mから、
いきなり2,531mへ。
蓼科山を登ったことで、
標高だけではなく、
自分の中の「私はこのくらい」という境界線も、少し上がった。
次の山では、
新しい靴で、
もう少し軽やかに、
あの石の上を、
ポン、ポン、ポン、
と歩いてみたい。
まだ無理かもしれない。
でも、その「まだ」があるから、
また山へ行くのだと思う。
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