一曲の中に流れる、それぞれの世界

フィリピンの英会話のA先生は、日本のアニメが大好きで、音楽にもめっぽう詳しい。

先日のレッスンで、私は藤井風さんがコーチェラに出演した話を振ってみた。

もっとも、私は「コーチェラって、海外の大きな音楽フェスだよね」くらいの知識しかない。

ところが、彼女の反応は早かった。

「ああ、コーチェラね!どこのテント?」

「え?テント?(AIで調べる)あ、モハーヴェ・テントです」

「あ、P-POPのアーティストと同じだわ!」

会場にはいくつものステージがあって、さまざまなジャンルのアーティストが出演すること。フィリピンのポップミュージック、P-POPのアーティストも出ていたこと――。

彼女は、私よりずっと詳しかった。

英語を学ぶ時間のはずが、いつの間にか私は、フィリピンの先生から世界の最新音楽事情を教わっていた。こういう予期せぬ脱線があるから、オンライン英会話は面白い。

ちなみに、レッスンが終わったあと、気になって先生が言っていたP-POPを検索してみた。

見つかったのは、フィリピンの女性グループのPV。カラフルで、エネルギーに満ちていて、「あ、これがP-POPなんだ!」と、また一つ新しい世界を知ったような気持ちになった。


話をレッスンに戻そう。

世界の音楽事情を教えてくれた彼女に、私は最近よく聴いている藤井風さんの『Prema』を紹介してみた。

「プレマってどういう意味?」

「サンスクリット語で、Loveです」


レッスン中にその場で再生し、一緒に聴いてみる。

イントロが流れると、彼女はすぐに「Wow!」と声を上げた。

「すごくいい曲だね。声も素晴らしい」

さらに、ほんの少し聴いただけで、こう分析を始めた。

「ヒップホップの要素もあるし、ジャズっぽさもあるね。R&Bも混ざっているように聴こえる」

私はただ「好きな曲」として心地よく聴いていたけれど、音楽に詳しい人は、一曲のなかに流れるいくつものルーツを瞬時に聴き取る。普通の人は「いい声、いい曲」で終わるところを、音の構造からジャンル分析まで始めてしまう。なんとも頼もしい音楽オタクである。

なるほど、確かにいろいろな要素が混ざっている。それなのに、最終的にはきちんと「藤井風の音」として完結しているのが面白い。


レッスンのあとのメッセーじに、彼女はこう書いてくれた。

「Sounds good! I’ll listen to it, and let’s sing it together next time.(いいね!もっと聴き込んでおくよ。次回、一緒に歌おう)」

英語で日本の楽曲を紹介したら、海の向こうの先生と、次は日本人アーティストの曲を一緒に歌うことになった。音楽は、こうやって軽々と世界をつないでいく。


実は最近、私は『Prema』を何度も口ずさんでいた。

毎日のように歌っているうちに、自分の内側が少しずつ、静かに変わっていくような感覚があった。

ちょうどその頃だ。8年間続けてきた1D1Uの定期開催を終えるという大きな決断をし、連動するように、部屋に残っていた紙や文房具の断捨離まで始まった。

何かを手放そうと頭でコントロールしたわけじゃない。内側が変わった結果、外側の現実が自然と動き始めてしまったのだ。


そんなタイミングで、改めて彼の『It’s All Right』を聴いた。

一度目に聴いたときは、「大丈夫、きっとすべてうまくいく」という前向きな励ましの曲だと思っていた。

けれど、今回はまったく違って響いた。

「もう、力を抜いていい」

「すべてを委ねていい」

今の私には、そんな解放の歌として受け取れた。

曲のメロディも歌詞も、何一つ変わっていない。

変わったのは、私の方だ。


『Prema』から『It’s All Right』へ。

私の中で、この二曲が一本の美しい線でつながった。

次の英会話レッスンでは、その最初の一曲を、海の向こうにいる先生と一緒に歌う。

同じ曲のなかに、彼女はヒップホップやジャズの構造を聴き、私は今の自分へのメッセージを聴いた。

一曲のなかにも、受け取る人の数だけ、その瞬間ごとの世界がある。

だから音楽は、何度聴いても終わらない。