10日間で、マイケル・ジャクソンの映画を3回観た。
観るたびに、違う場所が光って見えた。
3回とも感想を書いた。
しかも、3回ともまったく違う記事になり、
Xを通じて3回目の記事が3300インプレッションを越えた。
個人で発信している身としては、かなり伸びた方だと思う。
たぶん外から見たら、
「すごいエネルギーですね。」
「よくそんなに書けますね。」
「次から次へとアイデアが出てきますね。」
そんなふうに見えているのだと思う。
でも、あなたは私の夜2時を知らない。
夜中の2時。
誰もいない部屋で、AIに話しながら、記事を書いている時間。
画面の光だけがついている、ちょっと贅沢な時間。
サービスページを書き直している時間。
AIの設定を調整している時間。
誰に届くか分からないけれど、届いていることを想像しながら作る時間。
「これ、誰かに届いたら嬉しいな。」
そう思いながら、手を止められない時間。
人が見るのは、完成した作品だ。
でも、その後ろには、誰にも見えない時間がある。
誰も拍手をしていない時間。
誰も採点していない時間。
でも、私だけは知っている、夢中になっていた時間。
私はたぶん、その時間が一番心地が良い。
そして今も楽しんでいる。
例えば今日。
Etsyで、Gauguinのバッグがお気に入りに入った。
たった一つの通知だった。
世界のどこかにいる、名前も知らない誰かが、私の作ったバッグを見つけた。
立ち止まってくれた。
そして「いいな」と思ってくれた。
そこから私は考え始める。
「このバッグを気に入った人は、どんな人なんだろう。」
そして、Gauguinから、Kleeに思考は広がっていく。
「そういえばKleeって、音楽とも深く結びついていた人だったな。」
「あ、バッグの素材はポリエステルだから、ジムやヨガにも向いているかもしれない。」
気づいたら私は、音楽スタジオで使うモックアップと、ジムで使うモックアップを、夢中で作っていた。
誰に頼まれたわけでもない。
でも、たぶん創る人はみんなそうなんだと思う。
小さな反応を、受け取る。
そこから、想像が広がる。
そしてまた、作りたくなる。
記事も同じだ。
毎日、誰かがどこかで読んでくれている。
いいねが来る日もあれば、来ない日もある。
それでも数字の向こうには、必ず誰かの時間がある。
数分でも、私の言葉の前で、立ち止まってくれた人がいる。
それは、直接会う関係ではない。
作品を通して。
文章を通して。
商品を通して。
世界のどこかにいる誰かと、静かに、でも確かにつながる。
マイケルもそうだったのかもしれない。
人はステージを見る。
光や、音や、完成した一瞬を。
でも、
「曲はどうやって作っているんですか?」
と聞かれて初めて、創作の裏側が見える。
作品の前には、長い時間がある。
誰も見ていない時間。
誰も知らない時間。
そして、自分だけがその面白さを知っている時間。
その時間の中で、何が出来上がるか、自分でもまだ分からない。
それも含めて、ちょっと楽しい。
そしてその時間から生まれたものが、ある日、遠くの誰かに届く。
それは、クリエイターとしての、何よりの喜びなのだと思う。
今日、ベランダから薄い虹が見えた。
はっきりした虹ではなかった。
でも、淡い光の中に、ちゃんと色がにじんでいた。
確かに、そこにあった。
人とのつながりも、時々それに似ている。
くっきり見えるわけではない。
Wifiのようだ。(笑)
でも、ちゃんとそこにある。
だから今日も、たぶん私はまた何かを作る。
誰も知らない夜2時に、創造は止まらない。
0コメント