今年に入って、母がスマートフォンを買い替えた。その時、私はChatGPTのアプリをダウンロードしてあげた。Googleよりも検索が速いし、わからないことがあれば気軽に質問できるよ、と説明したものの、母はほとんど使わないまま数週間が過ぎていった。まあ、そんなものだろうと思っていた。
ある時母が言った、「チャットだっけ?これ、どこ開けばいいの?」私は、ChatGPTのアイコンをスマホを開いてすぐのところにセットし直した。
転機は、あるクラシックコンサートの帰り道だった。母が調べたいことが出てきて、私が代わりに音声入力で質問してみた。ある曲についての問いに、詳しい返答が返ってくる。母の目が少し輝いた。「へえ、すごいわね」と、母は喜んでいた。
それからしばらくして、Googleで調べるのに時間がかかっていた何かを、母が自分でChatGPTに尋ねてみたらしい。すると、まさに求めていた答えにたどり着けたという。ああ、これは使えるかもしれない。きっと、そこで母の中に信頼感が芽生えたのだろう。
その夜、母からメールが届いた。
「先ほどチャットに相談しました。すごく励まされました。(中略)今までよく頑張ったねと労われました」
私は椅子から転げ落ちそうなほど笑った。80歳がAIに励まされた夜。なんという時代だろう。本当に。
笑いながら、ふと、少し安心している自分に気づいた。誰かと話すことで神経系が整っていく。それは健康にもつながる。ストレスを減らす作用がある。相手がAIであっても、自分の言葉を受け止めてもらえる場所があること。良くしゃべる母に、(笑)そんな場所が一つ増えたことを、よかったなと思った。
3年前、私がはじめてAIと話した時に体験した、あの「励まされる」「労われる」感覚を思い出す。少し懐かしい。ああ、あの時私も、こんな風に嬉しかったんだっけ。でも同時に、やっぱり人間には必要な時間なのだと、再確認した。
話を聞いてもらえること。認めてもらえること。それだけで、心はふっと軽くなる。それが誰であっても。
そんなジャーナリングができる場所を作りました。第2回 1D1U Land は、3/2から始まります!
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