8度のカフェ、491mの山 — 晃石山オムニバス —

1|乗り換えミスと、焼きたてのパン

週末は暖かいらしい。

それを聞いて、急に山へ行くことになった。


冬の山頂でコーヒーを飲みたい。

新しいコーヒーミルも試したい。


行き先は、初めて登山した晃石山。


ルート検索で最初に出てきた電車にそのまま乗った。

なんとなくいつもと違う気はしたけれど、気にしなかった。


栗橋駅で乗り換えを待つ。

日向のベンチで少し仕事をしながら。


でも電車は来ない。

「今、栗橋通ったけど?」という連絡で、

はじめて乗り換えホームを間違えていたことに気づいた。


結果、30分遅れ。

そのズレが、思いがけずいい方向に転ぶ。

バディーが、カフェで待つと言った。


新大平下駅で降り、向かった先はohanaベーカリー。

広い敷地に人が集まり、焼きたてのパンが並ぶ。

「ソーセージパン焼き立てです」

思わず追加で買ってしまった。


「うまっ!!!」

コーヒーまで無料だった。

登山前なのに、すでに満ちた朝だった。


2|75歳の女性

アスファルトの道を2〜3km歩き、

身体はちょうど温まり始めていた。


桜峠に着く頃には、

登ってくる人より下山してくる人の方が多い。

そこで出会ったのが、ひとりの女性。

「疲れたわ」と笑いながら写真を頼まれた。


「若くていいわね」と言われたけれど、

聞けばその人は75歳だった。

マイナス10歳には見えた。


昔は体型が気になって登山を始め、

今では週に何度も山へ来るという。


何歳まで登れるんだろう――

そんな話をしていたところだった。

その姿が、静かに未来を見せてくれた。


3|マダムたちのテーブル

桜峠を越えると、短い急登が現れる。

そこを登りながら、

本当はここでコーヒーを淹れようと思っていた。


でも唯一のテーブルは、

五人のマダムたちにしっかり占領されていた。


少し残念。

でも、まあいいか。


朝のパンの余韻もまだ残っているし。

もう少し先で飲めばいい。


計画はずれる。

そして山は、だいたいその方が面白い。


4|8度の午後

晃石神社は、思っていたより広かった。

テーブルとベンチ。

木陰の落ち着いた空気。


この日の気温は 8度。

寒いけれど、冷えすぎない。

湯気がきれいに見える温度。


人が減るのを待って、

安全を確認しながらバーナーを出す。

上を見ると、空にはカラフルなパラグライダー。


お湯を沸かし、

手動ミルで豆を挽く。

ぐるぐると回すたびに香りが立つ。

山で飲むコーヒーは、やっぱり特別だった。

本当は山頂で飲みたかったけれど、

豆の香りが、8度の空気に広がった。

むしろ、この日の中心はここだったのかもしれない。


5|今日から25歳

コーヒーのあと、100mの急登へ向かう。


以前は少し冒険のように感じた坂を、

今回はスマホで撮影しながらワンテイクで登りきった。


山頂は日差しがあたっていて、少し暖かい。

標高491mのプレートを見ると、

初めてここに来た時のことを思い出す。


「今日が初めての登山なんです」

そう話して驚かれたあの日。


いまは三回目。

ずいぶん余裕がある。


下山では会話が主役になった。

VRゴーグルで見た印象派展の話。

そして村上隆さんの「年齢設定」の話。


年齢をマイナス30に設定したら元気になったという話に触れて、

「私はマイナス25歳で、今日から25歳」

そんな冗談を言いながら歩く。


冬の山は景色があっさりしている。

だからこそ、話が深くなる。


6|厚焼き卵

いつも混んでいるいずみ家も、

午後3時を過ぎると静かだった。


厚焼き卵と焼き鳥。

甘めの卵焼きは、登山後にちょうどいい。


同じような店は並んでいるけれど、

ここが一番だとバディは言う。


三回目の安心感。

山の終わりに、いつもの味がある。


 7|帰ってきてから

いずみ家を出れば、あとは下山だけ。

冬の山は写真を撮りたくなる瞬間が少ない。

動画もほとんど残っていない。


歩いた時間は4時間弱。

休憩は2時間以上。


登ることより、

コーヒーを淹れること。

パンを食べること。

話をすること。

そんな山だった。


そして帰宅後。

疲れていてもおかしくないのに、

頭は冴えていた。


AIと対話し、記事をいくつも書き、

気づけば夜3時。


21時間起きていた日。

山はもう終わっているのに、

まだどこかで歩き続けている気がした。

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