AIとAIのあいだを、私が往復する。

Xのタイムラインに、こんなタイトルが流れてきた。

「35歳で知る取り返せない時間の正体」

ずいぶんバズっていた。リツイートも多く、要するに——「35歳の焦り」を煽る内容だった。


そこで、ふと思い出した。

昨年連載していた『習慣のシンフォニー』のことを。あれはまさに、私が35歳のクライシスのなかから、どんな習慣を積み重ねていったかを綴ったエッセイだ。焦りを煽るのとは逆の方向——「35歳から、整える」という話。


もしかしたら、今、この話を必要としている人がいるのかもしれない。


そう感じた瞬間、身体のなかで何かが動いた。ずっと頭のどこかにあった「Kindle化したい」という思いが、急に優先順位の一番上に浮かび上がってきたのだ。

私はだいたい、頭で自分を説得しないタイプの人間だ。気が進まないときは、そのまま放置しておく。去年のあいだ、kindleにしたいとは思いながらも、なぜか身体が動かなかった。それはそれで、正しかったのだと思う。

そして今、Xのあの記事に触発されて——急に、仕上げることになった。


ここからが、本当に驚いた話だ。

すでに書いたものを、今のAIたちにリライトさせてみることにした。去年より今年のAIの方が、明らかに進化している。そう感じていたからだ。

まず、いつも使っているAIに依頼すると、素晴らしいリライトが返ってきた。でも最近の私は、同じプロンプトを複数のAIに投げて、より自分の「身体」にフィットする最適解を選ぶようになっている。だからClaudeにも、同じものを投げてみた。

すると——こちらがプロンプトを出す前に、AIの方から選択肢を提示して、「どうしたいのか」を聞いてきたのだ。

これは新鮮な体験だった。

選択肢を選んでリライトしてもらうと、さらに素晴らしい仕上がりが返ってきた。それでもまだ納得しない私は、いつものAIに投げ直す。そのAIが意見を言ってくる。その意見をまた、Claudeに投げ返す。するとまたClaudeは「どうしたいか」と問い、選択肢を出す。そこにはなかった選択肢だったので、いつものAIの意見をそのまま送ると——また一段、上のリライトが返ってきた。

AIとAIのあいだを、私が往復する。


7ヶ月かけて書いた元のエッセイも、すでに1度AIにリライトしてもらっていた。それが1年後、さらに進化したAIと、使い方も進化した私によって、もう一度生まれ変わろうとしている。

気づいたら、私の大好きな『Eat, Pray, Love』のような読み心地が、そこにあった。

道具が育ち、使い手も育つ。そして文章も、また育つ。


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