カキフライの付け合わせに、
キャベツと小松菜としめじを入れて、
レンジの「らくチン!ベジ」を押しただけだった。
水は入れていない。
なのに、開けた瞬間、
ちゃんと“蒸し野菜”の顔をしていた。
キャベツはやわらかく、
小松菜は少しシャキッと、
しめじはぷりっとしている。
同じ容器に入っていたのに、
それぞれ違う仕上がり。
どういうことなんだろう、と思った。
GPTに聞いてみた。
レンジは、火を入れているわけじゃない。
マイクロ波で「水」を揺らしている。
つまり、
水が多いところから先に温まる。
キャベツと小松菜は、
自分の中の水分を先に温められて、
蒸気を出す。
その蒸気が、
あとから温まるしめじを包む。
容器の中に、
即席の蒸し器ができている。
誰かが設計したわけでもなく、
ただ野菜の性質がそうだから、
そうなる。
しかも、水が蒸発している間、
温度は100℃あたりで止まる。
だから、
葉っぱは溶けないし、
きのこは縮みすぎない。
勝手に「やりすぎ防止」がかかる。
自然の仕組みと、
電子レンジの仕組みが、
何も言わずに協力している。
料理をしている、というより、
野菜たちが自分で調整して、
私はスタートボタンを押しただけだった。
台所で起きていたのは、
手間の削減じゃなくて、
物理と生物の共同作業だった。
カキフライは、
買ってきたものをトースターで温め直した。
衣がふっと立ち上がって、
中の牡蠣の水分が戻って、
ちゃんと「揚げたての記憶」に近づく。
その横に、
レンジの中で静かに出来上がっていた野菜たち。
片方は“乾いた熱”。
片方は“湿った熱”。
対照的なのに、
同じ食卓に並ぶと、
なぜか落ち着く。
カキフライは、油と旨味のかたまり。
口の中に残る余韻が濃い。
そこに、蒸し野菜をひと口。
水分と繊維が、
口の中の景色を一度リセットする。
するとまた、
次のカキフライが
新しい味として入ってくる。
味が続いているのに、
重ならない。
柔らかめに土鍋で炊いた
玄米と白米のごはんもすすむ。
乾いた熱と、蒸気の熱。
揚げ物と葉物。
まったく違う調理なのに、
同じキッチンの中で
自然にバランスが取れていく。
台所は、
たまに、理科室みたいになる。
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