最近、台所という名の実験室に立つ時間が少し増えた。
といっても
料理上手になりたいとか、丁寧な暮らしを目指しているとか、
そういう話ではない。
きっかけは、
「考えなくても料理ができる」
という状態に、突然入ってしまったからだ。
昔は料理をしない理由が山ほどあった。
- 調味料が余る。
- 材料が中途半端に残る。
- レシピ本を見るのが面倒。
- ちゃんと買い物しないと作れない。
でも今は、台所に立つとまずChatGPTに聞く。
「今あるもので、何作れる?」
すると返ってくるのは
凝ったレシピじゃなくて、
塩だけでいいですよ
蒸すだけでいいですよ
混ぜるだけでいいですよ
みたいな答え。
料理のハードルが
まるで地面まで下がった。
そして、プリン
この日も、そんな流れで
「卵1個しかないけどプリン作れる?」
と聞いたところから始まった。
しかもレンジで。
🍮 ChatGPTプリン(卵1個版)
材料
* 卵 1個
* 牛乳 100ml
* 砂糖 15g(甘さ控えめ・神配分)
作り方
1. 牛乳を軽く温める(200Wで約1分半〜2分、ほんのり温かい程度)
2. 卵+砂糖を混ぜる(泡立てない)
3. 温めた牛乳を少しずつ加える
4. こす(ここがなめらかさの分岐点)
5. 容器に入れる
6. ラップをふんわり
7. レンジ200Wでじっくり加熱(6分→様子見→30秒とか、1分ずつ追加)
最初は全然固まらなくて不安になる。
でも、ある瞬間から急に表面が止まる。
それが「できた」の合図。
仕上がり
出来上がったプリンを見たとき、思った。
これ、料理の達成感じゃない。
これは
「温度を理解した瞬間の達成感」
だった。
甘さは軽い。
でも牛乳のコクがちゃんと主役。
毎日食べられるプリン。
市販より静かで、
喫茶店より優しい味。
たぶんこれが、ChatGPT時代の料理
昔の料理は
- 覚える
- 段取りする
- 準備する
だったけど、
今は
- 聞く
- 混ぜる
- 待つ
になっている。
料理が
「努力の成果」から
「流れの中の出来事」
に変わった感じ。
そして気づいたこと
私は20年近く、
外食とお惣菜中心の生活だった。
でもいま、
野菜スープも
蒸し魚も
プリンも
普通に作っている。
理由はシンプル。
料理しない理由が消えたから。
ChatGPTはレシピを教えるというより
「迷いを消す装置」なのかもしれない。
このプリンは、
ただのプリンじゃなくて、
“料理しない人が料理を始めた証拠”
みたいな一皿だった。
次は何ができるんだろう。
たぶん、また
「これあるけど何作れる?」
から始まる。
それでいい気がしている。
Day 2
そして翌朝もまた作ってみた。
なんと、牛乳の温め条件によって、
違うプリンができたのだ。
どちらかというと、
プッチンプリンに。
その違いをまとめた。
何が“化学的”に違いを生んでいるのか。
それは、ほんの少しの温度の差。
けれど、その差が
質感というかたちで、はっきり現れる。
🥛 牛乳の温度は、スタート地点の設計
温かい牛乳から始めると、
卵液の初期温度はすでに高い位置にある。
そこから加熱が進むと、
タンパク質は早い段階で凝固域(およそ75℃前後)へ入る。
するとネットワークは密になり、
水分はきゅっと抱え込まれる。
結果、
かためで、輪郭のある食感。
喫茶店のプリンのような佇まいになる。
一方、ぬるめの牛乳で始めると、
温度の上がり方はゆるやか。
60〜70℃のあいだを、しばらく漂う。
この時間が長いと、
結合はやわらかく、
微細な気泡も少し残る。
仕上がりは、
ぷるん、と揺れる。
蒸しプリンに近いやさしさになる。
出発点が違えば、
分子の組み方が変わり、
舌に触れたときの世界が変わる。
その日のレシピが少しずつ違うこと。
同じ材料でも、同じ着地にならないこと。
それを面白がれる余白があること。
それ自体が、
もう十分に、贅沢な時間の使い方だと思う。
0コメント