✦ 箱根美術館編 —坂を登るたび、時代が古くなる—

Day 2 箱根美術館編

ホテルから箱根美術館までは、徒歩で10分ほど。

なんとその道は、箱根ケーブルカーの一駅分だから上り坂だった。


80歳の母は普段からよく歩くほうなので、

思った以上のペースで一緒に上っていく。


落ち葉がくるくると風に巻かれ、

坂道をなぜか“上へ”昇っていく光景が印象に残っている。

重力より、季節の気配のほうが強かったのかもしれない。


レトロな美術館だった。内容は有名な作家の陶器や、

埴輪などもあった。Day 1の岡田美術館と似ていると思った。


静けさ、和、整い。

空気の密度が違う場所。


建物と自然がひとつの景色になっていて、

そこに立っているだけで呼吸が深くなる。


展示されている作品ももちろん素晴らしかった。

光をうつす器たちは、手仕事の確かさがそのまま形になっている。


ただ、この日の私はなぜか作品そのものより、

“場所そのものが持つ気配”のほうに惹かれていた。


母は作品を夢中で眺め、

私は庭の光や建物の佇まいに足を止める。


同じ場所にいながら、

それぞれの感性が違うところに反応していた。


✦ 埴輪にふと感じた、時間の不思議

写真撮影が許されているコーナーで、私はなんとなく埴輪を撮影した。

唯一、“存在そのもの”として目に残ったのが縄文時代の埴輪だった。


作者が数千年後にこんな展示空間で見られることを

想像していたとは思えない。


それでも、いまここに立ち、

現代人の視線を受け止めている。

もはや時間というものが存在しないかのように。

または、星の光がこちらに届くまでのタイムラグのように。

作品が時間を超えて残るということの意味を、

あらためて感じた。


アーティストの村上隆さんが

「作品は死後を前提に作っている」と語っていたのを思い出した。


作品が未来へ届く可能性を信じているという感覚は、

たしかにこういう場所で腑に落ちる。


✦ 岡田茂吉の“美を残す”という思想

箱根美術館は、岡田茂吉によって創設された場所だ。

あの、岡田美術館とつながった。


彼は美を鑑賞のためだけでなく、

後世に手渡すものとして扱っていたという。

その思想を象徴するように、

彼が実際に暮らしていた「富士見亭」が、

当時の佇まいのまま残されている。

静かな光、木の香り、控えめな装飾。

美しいデザインのガラス窓。

“整える”という価値観の深さが、建物そのものに息づいていた。


作品より場に惹かれた理由は、きっとこの建物の空気に触れて

はじめてわかった気がする。


✦ 美術館で受け取ったもの

母は作品の美しさに

私は場所の美しさに

それぞれ静かに心を動かされていた。


箱根美術館は、

ただ作品を鑑賞する場所ではなく、

“その人の感性の現在地を映す場所”だった。

坂を登りながら見た落ち葉の軌道も、

富士見亭の静けさも、

縄文土器の存在感も、

すべてが旅の一部として記憶の奥に残っていく。


ホテルステイとはまた違う、

時間の深いところへ潜っていくような午前だった。

🍂落ち葉が登るリール動画🍂