金曜日の英会話レッスンで、英国人の先生が「今度『DIGGER/ディガー』を観に行こうと思っているんだ。トム・クルーズのファンというわけじゃないけれど、ブラックコメディらしいからね」と言っていた。
私も予告編で観て存在は知っていたけれど、実はこれまでトム・クルーズの映画はあまり通ってこなかった。ただ、映画ファンで観る作品をかなり厳選するタイプの先生が観に行くというなら……と急に興味が湧いてきた。
月曜日、自転車を日比谷ミッドタウンの駐輪場に停めた際、館内に立ち寄ると「DIGGER 先行上映 10/6〜」という天井吊りの案内が目に入った。
翌火曜日の朝、アプリで先行上映のスケジュールをチェックしてみると、「舞台挨拶中継後に上映」の文字が。
「えっ、舞台挨拶があるの?」と驚きつつ見ると、すでに朝の時点で90%以上の座席が埋まっている。あわてて席を押さえた。
ちなみにこの日は、10月6日(トムの日)。ChatGPTが教えてくれた。(笑)
実際のところ、トム・クルーズとアレハンドロ・G・イニャリトゥ監督は本当に来日していて、日比谷のすぐ近くの会場でジャパンプレミアの舞台挨拶を行っていたらしい。私がいたシアターに直接登壇したわけではなかったものの、すぐ近くの会場から全国の映画館へ生中継されるという特別な演出だった。生で同じ空間に……とはいかなかったけれど、映画の直前に主演と監督の熱いメッセージを生中継で聞いてから鑑賞するなんて、とても贅沢な体験になった。
スクリーンに映るトム・クルーズは、とにかく熱かった。
自分の演技について語るというよりは、イニャリトゥ監督がいかに素晴らしいか、そしてこの映画がいかに特別な作品であるかをものすごい熱量でアピールしている。
監督のアイデアや想像力を “extraordinary(並外れた)” と称え、映画や主人公のディガーという人物について “outrageous” という言葉を使っていた。「とんでもない」「常識外れ」「ぶっ飛んでいる」——そんなニュアンスだ。
さらに、監督が10年もの歳月をかけて作り上げたことや、鳥の声や動物の鳴き声、自然の音といった音響の美しさにも耳を傾けてほしいと熱弁。圧巻の10分間に及ぶ演説シーンを「ワンテイク(一発撮り)」で撮影したこともアピールしていた。
そして、「この映画を観た後には、いろいろな感情が湧き上がり、誰かと語り合いたくてたまらなくなるはずだ」とも語っていた。
イニャリトゥ監督といえば、『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』の監督・脚本・製作を手がけた人物だ。私はあの映画がかなり好きで、作中で描かれる舞台演出や、それこそワンカット風で捉えられた臨場感、主人公がパンツ一枚でタイムズスクエアを歩く大爆笑のシーンなどがとても強く印象に残っている。
監督と脚本を大絶賛するトムの言葉をあらかじめ聞いてから本編に入れたのは、本当に正解だったと思う。それがあるのとないのとでは、鑑賞後の余韻がまるで違っていたはずだ。
この映画は「ブラックコメディ」と評されている。しかし、私にとってはブラックの度合いがぶっ飛びすぎていて、笑うどころではなかった。どちらかといえば重い。2026年の今だからこそ、ずっしりと重いのだ。
世界中で現実に起きている大洪水、溶け出す氷河。それでも石油がなければ私たちは凍えてしまうという矛盾。自然を破壊して引き起こした問題を解決するために、さらに兵器を使って自然を破壊していく——笑えばいいのか、怯えればいいのか分からない感覚に陥る。
劇中、ウェス・アンダーソン監督作品を思わせるような場面があったが、それは構造が「入れ子状態」になっているからだと気づいた。
映画の中に「舞台」があり、その舞台を演じる俳優たちの「現実」があり、さらにそれを観ている客席の「今」がある。
一体どこまでが本当で、どこからがフィクションなのか?
舞台の上の出来事のはずなのに、恐ろしいほどリアリティがあり、「こんな未来が本当に来るかもしれない」とぞっとさせられる。ブラックコメディと現実の境目すら崩れていくようだった。
構造自体が非常に緻密で面白く、「トム・クルーズらしさ」に頼った映画ではなかった。極端な話、他の俳優が演じても成り立ったかもしれない。しかし、アメリカを象徴するスターであるトム・クルーズがこの役を演じること自体に、強烈なブラックユーモアが込められているのだろう。
今年64歳になるトム・クルーズの、間違いなく新たな境地と言える作品だ。
ほとんどネタバレなしで書いてみたが、映画が終わった後、私はChatGPT相手に30分以上も音声入力で感想を語り続けていた(笑)。
トム・クルーズの言葉通り、観た後に誰かと語り合いたくてたまらなくなる、また記事を書くかもしれない。まさに “outrageous” な映画体験だった。
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