先週、私がAIと作業しているところを、そのままお見せするZOOM LIVEを行いました。
自分で客観的に見てもウケるのですが、AIの同僚たちと創作ダンスをしている感じなのです。
その様子を、カメラOFFでご視聴いただいていた方から、こんな感想をいただきました。
ちなみに、むしろ「カメラOFF推奨」です。
私が集中するために(笑)。
🖊 ご感想より
あんなにあっという間にページやメルマガが出来てくるなんて!
おそらく、それまでのやりとり(文脈)を理解していないからだと思いますが、
AIのテキストをひとみさんが読むスピードにもついていけず、え、ほんとにコピペしていいの?と思ってるうちに
どんどん対話が進んでページがブラシュアップされて、、と
言葉にならないうちに1時間終了していました。
たしかに、私はAIの文章を読むのがかなり速いです。
でも、よく考えてみると、全部を一字一句読んでいるわけではありません。
むしろかなり、フォトリーディング的に見ています。
AIが何を言っているのか。
どこを変えたのか。
方向は合っているのか。
何がまだズレているのか。
そのあたりを一気に見て、次へ進みます。
そして、最終的にできあがったページや画像を見たところで、急に現場監督になります。
「ここ違う」
「これだと弱い」
「この画像はいい」
「ここはもっと上に」
「この一文はいらない」
AIとのやり取りの途中では、かなり高速で回しているのに、完成形が出た瞬間だけ、急に工事現場のヘルメットをかぶる感じです(笑)。
AIの途中経過は、「読むもの」ではなく「確認するもの」
私がChatGPTとClaudeを使ってホームページを作るとき、
ChatGPTが構成を考える。
Claudeが実装する。
私はその間を行ったり来たりする。
という流れになることがよくあります。
そのたびに、AIはかなり長い文章を返してきます。
「今回の修正では〜」
「意図としては〜」
「以下のように変更しました〜」
もちろん必要なところは読みます。
でも、毎回それを最初から最後まで丁寧に読んでいたら、それだけで日が暮れます。
私はむしろ、
「はいはい、今回はここを動かしたのね」
くらいで先へ進みます。
なぜなら、最終的にはできあがったものを見ればわかるからです。
説明文を10行読むより、完成したページを1秒見る方が早いことがあります。
「あ、違う」
で終わる。
AIがその前にどれだけ立派な説明をしていても、違うものは違います。
逆に、説明をほとんど読んでいなくても、
「あ、これでいい」
と思えば、そのまま進めます。
判断する場所を、途中から最後へずらしている
たぶん私の使い方が速く見える理由は、読むスピードだけではありません。
判断する場所が違うのだと思います。
途中のAIの説明を読んで、一つずつ理解してから次へ進むのではなく、
まず作ってもらう。
出してもらう。
見て判断する。
という順番です。
だから、途中ではあまり止まりません。
回して、回して、回して、
最後に完成形が出てきたところで、
現場監督登場。
「はい、ここやり直し」
みたいなことをしています。
Claude工務店からすると、かなり嫌な施主かもしれません(笑)。
AIが速いのではなく、判断の往復が速くなった
AIを使うようになって、文章を書くスピードやページを作るスピードは確かに上がりました。
でも、それ以上に変わったのは、
考える → 作る → 見る → 直す
の往復速度です。
昔なら、
考える。
文章にする。
誰かに依頼する。
返事を待つ。
修正をお願いする。
という時間が必要でした。
今は、
「こうしたい」
と話す。
出てくる。
見る。
「違う」
また出てくる。
見る。
「これ」
この繰り返しが、数分の中で起きます。
だから、AIの返答を全部読むことより、自分が何を見て判断するかの方が重要になってきました。
速く読むことより、どこで止まるか
もちろん、これは「AIの文章は読まなくていい」という話ではありません。
文章そのものが成果物なら、細かく読みます。
契約や数字や重要な情報が絡むものなら、当然確認します。
でも、制作途中のやり取りまで全部同じ濃度で読む必要はない。
私はたぶん、
どこは流してよくて、どこで止まるべきか
をかなり感覚的に決めています。
そしてその感覚は、AIを使い始めた3年間だけでできたものではありません。
文章を書いてきた時間。
人の話を聞いてきた時間。
商品を作ってきた時間。
ページや画像を見てきた時間。
そういうもの全部が、最後の「これは違う」「これはいい」に入っているのだと思います。
AI歴は3年。
判断の土台は20年。
そう考えると、50代×AIはかなり強い(笑)。
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