音を浴びに『Michael』3回目は応援上映会へ

昨日は、マイケル・ジャクソンの命日だった。

朝は英会話レッスンで、先生と一緒に Heal the Worldの発音を確認した。


その数時間後、私は映画館にいた。

映画『Michael』を観るのは、これで三回目だった。


きっかけはInstagramだった。

ジャファー・ジャクソンをフォローしてから、私の画面には映画『Michael』の投稿ばかりが流れてくるようになった。

その中で、「声を出して楽しめる応援上映」が日本でも行われていることを知った。

調べてみると、日比谷、六本木、そして最近できたばかりの大井町の映画館でも上映があった。

しかも今日は木曜日。

セゾンカードの割引が使える日だった。

私は20年ほど前、Suicaが使えるからという理由だけでセゾンカードを作った。

それが今日、マイケルの命日に、三回目の映画を観るために初めて役に立った。

見流していたものが、ある日突然、意味を持つことがある。


三回目ともなると、もうストーリーは分かっている。

けれど、10日間のうちに同じ映画を三回観るというのは、やっぱり少し特別なことだったと思う。

一回目は、映画を観ていた。

二回目は、マイケルを支える側を追っていた。

三回目は、音を浴びに行っていた。

その間に、私はジャファー・ジャクソンをフォローし、マイケルの音楽を聴き続け、英会話のレッスンで Heal the World を歌い、ムーンウォークをモチーフにした作品まで作っていた。


一本の映画が、ただの鑑賞で終わらず、日常の中に入り込んでいた。

だから三回目の映画館で感じたのは、「良かった」という感想ではなかった。

私はこの10日間、マイケルという文化を浴びていたのだと思う。

マイケルのファンでなかった人も、10日間でマイケルのファンになれる。(笑)


応援上映といっても、日本はやっぱり日本だった。

海外の映像で見るような大合唱にはならない。

本当に、日本人すぎるよ。

外国人が混じっていそうな日比谷か六本木の方がよかったかな。(笑)

しかしながら、私はリズムに身体を委ね、手をたたきながら、ロンドンの観客と一体になって楽しめた。Whoooo!

♪ Michel !Michel !Michel !

何度見ても、最後のシーンは鳥肌だ!!!!!!!!!!!!!!!


エンドロールが流れている間、ふと思った。

マイケルは、歴史上の人になっていくのだ。


ゴッホやモネや北斎を、私たちは今、美術館で見る。

でも彼らにも、同じ時代を生きていた人たちがいた。

ゴッホと同じ時代の空気を吸っていた人。

モネの新作を、その時代の出来事として見ていた人。

北斎がまだ「世界の北斎」になる前に、同じ江戸の町を歩いていた人。

その人たちは、自分たちが歴史になる人と同じ時代を生きているとは、気づいていなかったかもしれない。

私たちにとってのマイケルは、そういう存在なのかもしれない。


未来の人は、映像や記録や映画でマイケルを知る。

でも私は、マイケルがまだ生きていた時代を知っている。

新曲が流れていたこと。

テレビで姿を見ていたこと。

亡くなった日のニュースを覚えていること。

そして今日、命日に映画館でその音を浴びたこと。


私は、この人と同じ時代を生きていたのだと気づいた日だった。

それは、後から気づく種類の幸運なのかもしれない。


マイケル・ジャクソンは、地球にこれからもずっと生き続ける人だ。

そして私は、その人と同じ時代を生きていた。

そして、ずっと、Heal the World をしていくのだろう。

しばらくは、世界中の人たちと一緒に、マイケルのミームで盛り上がりながら。

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