映画館を出たあと、
しばらくエレベーターホールの前で立ち尽くしていた。
泣きそうだった。
人がいるから、こらえた。
でも、身体が震えていた。
1985年。
19歳でショパン国際コンクール優勝。
当時、拍手は禁止されていたにもかかわらず、
スタンディングオベーションが起きたという伝説の演奏。
若き日のブーニンは、
まさに“天才”だった。
その後、日本デビュー。亡命。
日本人の奥様との結婚。
日本を愛し、日本に愛されたピアニスト。
けれど。
腱鞘炎で左手が動かなくなる。
左足を骨折。
さらに持病の1型糖尿病の影響で血流障害が起こり、壊死が進行。
大きな手術を受けることになる。
左足そのものを失ったわけではない。
けれど壊死した部分を切除したことで、
足は短くなり、
8センチの厚底で補正しながら歩いている。
9年間の沈黙。
復活のための、3年間。
映画は、その時間を静かに追っている。
最初は、
「復活の物語」だと思って観ていた。
努力。訓練。リハビリ。
技術を取り戻すための闘い。
でも、違った。
ラスト近く。
サントリーホールでの演奏。
奥様が言っていた。
「3年目になって、ようやくスタートになりました」
「あのホールは魔法がかかったようだった」
その映像が、長く流れる。
左手は万全ではない。
足は8センチの厚底で補正されている。
それでも。
音が、美しすぎた。
コンサートホールで聴くよりも近く、
鍵盤の上の指の動きがはっきり見える。
左手が動かなくなった人とは思えないほど、
鍵盤の上を滑っている。
そしてブーニンは、
うっすら笑っていた。
あれは、
技術を誇る笑みではなかった。
何かを通している人の顔だった。
途中で、彼はこう言った。
「技術的に完璧でなくても、人に感動を与える演奏がしたい。」
その言葉に、ハッとした。
若い頃の彼は、技術で世界を驚かせた。
でも、この演奏は違った。
感動を届ける、と決めた人の音だった。
技術の、その先。
失った身体を抱えながら、
鳴らそうとしているのではなく、
通している。
その瞬間、
自然と涙が溢れた。
なぜかわからない。
でも、あのとき浮かんだ。
神の創造物。
彼は、
災難に遭い、
身体を失い、
それでもなお、鳴らしている。
いや、鳴っている。
人間って、
こんなふうに通れる存在なのか、と。
エンドロールのあと、
隣のマダムが話しかけてきた。
「良かったわね。」
少し話していたら、
映画の中のあのコンサートに
実際に行っていたという。
スクリーンの向こうの音が、
隣の席と繋がった。
感動は、時間を越えて通る。
受け取った人が、
次の通り道になる。
壊れても、鳴る。
そして、
届けようとする限り、
人は通り道になれる。
敬意を込めて。
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