― 朝ヨガの先生の小話 ―
ポーズの合間に、先生がふとこんな話をしました。
「目の前に壺があったとします。
これは何ですか?と聞かれたら、何と答えますか?」
自然に「ツボ」と答えそうになります。
でも先生は続けました。
「本質は“土”ですよね。」
ああ、と思いました。
ツボと答えた瞬間、それはもう完成品です。
用途も決まり、形も決まり、役割も固定される。
でも「土」と見た瞬間、話は変わる。
土は、
お皿にもなれるし、
花瓶にもなれるし、
像にもなれる。
壊して、また練り直すこともできる。
可能性は、閉じていない。
その話を聞きながら、
これは“やり方”と“あり方”の話だな、と思いました。
「私はコーチです」
「私は会社員です」
「私は母です」
それはツボの答え。
もちろん間違いではない。
でも、それを本質だと思った瞬間、
形が固定されてしまう。
「私は土です」とはなかなか言わないけれど、
本質はもっと柔らかいはず。
まだ形になっていない部分。
変わり続けられる部分。
壊れても、また練り直せる部分。
そこを見ているとき、人は自由です。
アパレル店長だったころ、
社長に言われた一言が印象に残り、
私のなかで「やり方=マニュアル」の考え方を捨てました。
私は「やり方」よりも
「どんな前提で生きているか」を
見るようになりました。
ツボという結果よりも、
そもそも土なのかどうかを見てみる。
すると、急に可能性が広がる。
「これしかない」と思っていた選択肢が、
ただ“今はこの形をしているだけ”だと分かる。
朝の静かな時間に、
ポーズをとりながら、
呼吸を深くしながら、
そんな小話を聞いていました。
ヨガは身体を整える時間だけれど、
今日は少し、前提が整った気がします。
ツボで生きるか、土で生きるか。
どちらが正しいという話ではない。
でも、
本質を見ると、可能性は増える。
朝の小さな気づきでした。
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