バジールのアトリエに始まる“物語” ― オルセー美術館展

スチームサウナで突然、全身に鳥肌が立った。観てきた印象派展の記憶が、蒸気の中で鮮やかに蘇ってきたのだ。この感動を、どうしても言葉にしておきたい。


ルノワールの意外な姿から始まる物語

展示室に足を踏み入れた瞬間、目に飛び込んできたのは一枚の肖像画だった。椅子に体育座りを崩したようなラフな姿勢で座る、驚くほどハンサムな青年。「ルノワールの自画像かな?」と思いきや、これはフレデリック・バジールが描いた《ピエール=オーギュスト・ルノワールの肖像》(1867年)だった。

印象派の巨匠ルノワールが、こんなにイケメンだったなんて。そして、こんなにくつろいだ姿で描かれているなんて。その親密さが、二人の友情を物語っていた。

印象派前夜―若き天才たちの集い

次の展示室で、私は息を呑んだ。

バジールの《バジールのアトリエ、ラ・コンダミーヌ通り》(1870年)。広々としたアトリエに、若き印象派の画家たちが集っている光景。まだ無名だった彼ら―ルノワール、モネ、マネ―が、このアトリエで語り合い、刺激し合っていた時代。歴史が動き出す直前の、奇跡のような瞬間が描かれていた。

「ここにいる全員が、後に美術史を変える人たちなんだ…」

ネイビーの壁に、ゴールドの重厚な額縁。西洋美術館の展示空間そのものが、もうラグジュアリーで圧倒的。ここにいるだけで感動してしまう。これから始まる印象派展への期待で、胸が高鳴った。


セザンヌの革新と、ドガの不穏

さらに進むと、ポール・セザンヌの《ギュスターヴ・ジェフロワの肖像》(1895-96年)が現れた。美術批評家ジェフロワが机に向かう姿。背景の本棚には、オレンジ色の本が並び、カラフルな色彩が踊る。印象派でありながら、どこかキュビズムの予兆を感じさせる構成。「セザンヌ先生、やりおったな…!」思わず心の中で叫んだ。

そして、エドガー・ドガ《ベレッリ家の肖像》(1858-1867年)。今回の展覧会のポスターにもなっている作品だ。

そして、エドガー・ドガ《ベレッリ家の肖像》(1858-1867年)。今回の展覧会のポスターにもなっている作品だ。

バレリーナの優美な姿ばかりを描いていたドガが、なぜこんなに不穏な家族の肖像を描いたのだろう。部屋の空気が重く、緊張感が漂う。父、母、二人の娘―それぞれが異なる方向を向き、視線が交わらない。家庭の不和を、これほど正直に大画面に描いてしまうドガの勇気というか、残酷さというか。「ドガ、やっちまったな…」と、また心でつぶやく。

けれど、実は私だけが「やっちまったな」と思っていたわけではなかったらしい。ドガ本人も、そう思っていたのだ。

この絵は、ドガが生きている間、一度も発表されなかった。描かれているのは叔父一家。政治亡命中の叔父、喪服姿の叔母、二人の従姉妹たち。家族の不和を描いてしまった絵。身内の恥を晒すわけにはいかない。ドガはこの大作を、死ぬまでアトリエに隠し持っていた。

発見されたのは、彼の死後。そして今、オルセー美術館の代表作として、展覧会のポスターにまでなっている。

ドガが「これは出せない…」と封印した絵が、100年以上の時を経て、こうして私たちの前に堂々と現れる。なんとも皮肉で、でも、だからこそ胸を打つのかもしれない。


モネの光、ルノワールの優雅さ

その先で出会ったのは、クロード・モネの温かな世界だった。


《アパルトマンの一隅》(1875年)。玄関に置かれた陶器の鉢には、竹のような観葉植物、その後ろはオレンジ色が鮮やかなカーテン。その奥に少年が立ち、さらに奥には影のように座る夫人の姿。窓から差し込む光が、床を美しいブルーに染め上げている。

「モネ、このブルー、きたーーー!」

そして続く展示には、ピエール=オーギュスト・ルノワールの作品が並ぶ。読書に耽る少女、そして有名な《ピアノを弾く少女たち》。19世紀後半、ピアノを弾くことがステータスシンボルとなりつつあった時代。ブルジョワ階級の優雅な日常を、ルノワールが柔らかな筆致で描き出している。


ゴーギャンの登場、そしてモネの睡蓮へ

ポスト印象派のポール・ゴーギャンも、わずかながら展示されていた。扇形の額縁に収められたタヒチの絵。「あ、ここにゴーギャンもいた!」ただし、フィンセント・ファン・ゴッホの作品は今回一点もなかった。オルセー美術館所蔵なのに。最近ゴッホ展があったからかもしれない。


そして展示の終盤、クロード・モネの有名な《睡蓮》が静かに佇んでいた。水面に映る光と影、揺らぐ水草。時間を忘れて見入ってしまう。

最後は、バラの花を描いた作品で締めくくられた。

バジールへの想い

しかし、私が最も心を動かされたのは、やはり冒頭の《バジールのアトリエ》だった。

自分のアトリエに仲間たちを集め、芸術について語り合い、夢を共有していた若き画家、フレデリック・バジール。

この絵を描いた1870年、彼は普仏戦争に従軍し、わずか28歳で戦死してしまう。


この作品には、のちに友人たちの手が加えられた可能性があるとも言われている。

そこに描かれた仲間の姿のいくつかは、バジールの死後、彼を想い、あの時間を留めるために描き足されたのではないかという説だ。


もしそれが事実なら――

この絵は単なるアトリエ風景ではなく、「かつてここに、彼がいた」ことを残すための、静かな追悼の絵でもある。

もし彼が生きていたら、ルノワールやモネと並ぶ巨匠になっていたかもしれない。

いや、きっとなっていたはずだ。

その可能性があまりにも早く断たれてしまったことへの、仲間たちの想いが、この画面の空気に溶け込んでいる気がした。

あのアトリエに集った若者たちの笑顔、情熱、希望。そして失われた時間。それらすべてが、友情と記憶ごと、一枚のキャンバスの中に封じ込められている。


オルセー美術館展。

ネイビーの壁、ゴールドの額縁、そして光を捉えようとした画家たちの情熱。

本当に、贅沢な時間だった。浮足立つ心と、震える何か。

そして私は、たまたま初日で開催されていた東京都美術館の「スウェーデン絵画展」へと、はしご鑑賞へと向かった。

続く…。


📍展覧会情報

オルセー美術館展 ― 印象派・室内を巡る物語

📅 〜2026年2月15日(日)

📍東京都美術館(上野)




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